鬼和尚に聞いてみるスレ part4 (1007レス)
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323(1): 2014/09/20(土)12:51 ID:WL2yRwjAO携(13/19) AAS
生きているだけで丸儲けと言う明言を残した明石家さんまさんは悟っているのでしょうか
或いは悟りに近い心境にいるのでしょうか
324(2): 2014/09/20(土)14:23 ID:zymYeoR20(1/4) AAS
鬼和尚、
自分の前世が観られるかどうか、試してみたいです。
具体的な方法を教えてください。
325(1): 2014/09/20(土)16:20 ID:OuKSagMI0(6/6) AAS
>>320
名前なんか要らないし、対話してるのも馬鹿らしくなったよ。
326(1): 2014/09/20(土)17:51 ID:N1eXEuss0(4/11) AAS
鬼和尚、慈悲の心を身につけるにはどうしたらいいですか?
人と接しなくても身に付くものですか?(慈悲の瞑想以外で)
327(2): 2014/09/20(土)22:04 ID:sO8hhLJQ0(1/2) AAS
鬼和尚さん、ふとひらめいたのですが
意識って生き物だけじゃなくて全てのものにありませんか?
例えば石などは私達から見れば何の動きもない不動に見えますが
時間が立てばいつかは砂に成りますよね。
私達の時間間隔からでしか見えないので動いてないように見えますが
時間の感覚が違うものから見たら動いているようにみえるのかも、と。
すべてのものは生きてもなく死んでもないという観点に立てば
地球にも宇宙にも石ころも我々のように躍動しているのではないか、と。
物理的に動いて見えるってことは生きているものとして見えるのかもなんて思いました。
てことは我々も動き躍動しているものは生命として見えているのではないかと。
省2
328: 2014/09/20(土)22:14 ID:sO8hhLJQ0(2/2) AAS
>>327に追記です。
でも人工的に動かしているものは生き物には見えませんけど。
時間の視点が違えばどんなものも生きてるようにも死んでるようにも
見えるんじゃないかなと。
もちろん石には脳や血管はないですがもっと大きな時間の流れに居る者にとっては
私達は微生物くらいの早さで寿命を終わらせてるように見え逆に微生物から見たら
私達はほぼ不動でありとても生命には見えないのかなって。
329(2): 鬼和尚◆GBl7rog7bM 2014/09/20(土)22:24 ID:y4pFNQH60(1/2) AAS
>>322 自分が何をもって自分としているか観察によって追及してみるのじゃ。
例えば自分の体験した記憶を以って自分としているのかもしれん。
その場合は自分の記憶が在る時、自分という感覚が起こり、
自分の記憶が無ければ自分という感覚が起こらないと観察するのじゃ。
或いは肉体の感覚であったり、感情であったりすれば、それらも同じように、
それが在る時、自分という感覚が起こり、それが無ければ自分という感覚も起こらないと観察するのじゃ。
実践してみるのじゃ。
>>323 悟っては居ないが、近いかも知れん。
なかなか苦労したようであるからのう。
自分にあった仕事をしているのじゃ。
省9
330: 鬼和尚◆GBl7rog7bM 2014/09/20(土)22:41 ID:y4pFNQH60(2/2) AAS
>>327 そうじゃ、全てにあるのじゃ。
空間にさえあるのじゃ。
それは常に感じる事の出来る実体なのじゃ。
331(1): 2014/09/20(土)22:59 ID:QMm34KcU0(4/29) AAS
>>324 さんの質問とも関連しますが、
以前に過去の意識を遡る瞑想に集中していた時、中型の恐竜が現われて
身の毛もよだつ思いをしたことがあるのですが、そのような太古の時代に生きて
いた時の記憶が蘇ることもあるのですか? それとも、意味のない幻だったので
しょうか? その頃は、まだ人類が誕生していない時代ですから、人類になる以前
の猿人や類人猿の時の記憶が出て来ることもあるということでしょうか?
332(1): 2014/09/21(日)09:44 ID:56d.D3n60(1/2) AAS
>>329 ありがとうございます。
集中して自分の記憶をさかのぼってみました。
農村と家らしきものが見えたのですが、それが記憶なのか、創作なのかの判断ができません。
そのイメージが本物かどうかを判断する方法がありましたら、お教えください。
333(1): 2014/09/21(日)16:39 ID:il3D6NQ.0(1) AAS
輪廻転生で謎なのは、ある運命を体験するために生まれてくるというが
例えば、レイプ殺人を犯したものが、来世、レイプ殺人にあうとかそういうことがあったとして
生まれる前からそうなることを見通せるのか?例えば、金持ちに生まれたいと思っても、首尾よく金持ちになるとは限らない。
人は、生まれる前から、その一生を見通して生まれてくるのですか?
334(1): 2014/09/21(日)16:56 ID:RjOp9EHo0(4/5) AAS
和尚、こんにちは。いつもありがとうございます。
輪廻の話が続いているようなので便乗して質問させてください。
釈尊は今までの輪廻の中で、親が死んで流した涙の量は海の水よりも多いと言っておられるようです。
また宇宙が膨張し消滅するまでを一劫。また収縮し消滅するまでを一劫。
その一劫は高さ150kmほどの山の上空を100年に一度通り過ぎる天女の羽衣が擦れることで、
その山がなくなってしまうほどの時間だと聞きます。
これら二つのことから、我々は何劫にも渡って輪廻を繰り返してきたことが推測されます。
それは想像をもできない時間です(梵天からすれば数日かもしれませんが)
そこで疑問が浮かびました。
なぜ、今なのかと。
省20
335(1): 2014/09/21(日)17:19 ID:N1eXEuss0(5/11) AAS
>>329
>自分の中の慈悲の心に気付けば良いのじゃ。
気づくだけでいいのでしょうか?気づきによって自然に慈悲の心を広げられるのですか?
意識して身につけていくのとは違うのでしょうか?
336(2): 鬼和尚◆GBl7rog7bM 2014/09/21(日)22:20 ID:hfYzYULQ0(1) AAS
>>331 そうじゃ、あるじゃろう。
何度も生まれ変わればそのようなものにもなるじゃろう。
特に不可思議でもないのじゃ。
>>332 その記憶が何時のものか観察してみるのじゃ。
普通の記憶でも小学生のときの記憶は中学生の前であったとわかるじゃろう。
そのように記憶は良く観察すれば時系列が判るものじゃ。
今の記憶より前と判るならば本物なのじゃ。
>>333 特に犯罪に限るのではないのじゃ。
環境を選んで生まれるのじゃ。
省11
337(1): 鬼和尚◆GBl7rog7bM 2014/09/21(日)22:27 ID:UlOv3zLo0(1) AAS
>>335 さうじゃ、誰にでも本来の慈悲の心はあるものじゃ。
しかし競争したり自分を守ろうとするうちに忘れてしまうのじゃ。
無理に身につけた慈悲はただの習慣であり、生来の慈悲とは違うものじゃ。
習慣は形骸化して本来の心を失うじゃろう。
本来の慈悲に気付けば失われず、広げていく事も出来るのじゃ。
338(2): 2014/09/22(月)03:50 ID:N1eXEuss0(6/11) AAS
>>337
ありがとうございます
私は自我が肥大化していて執着が強いので普段利他行を実践してもすぐ元に戻ったり
それどころか逆に自我が肥大化してしまいます
無理に身につけようとせず自分の慈悲に気づくことだけを意識して生活したほうがいいでしょうか?
339(1): 2014/09/22(月)12:10 ID:wzaF4XgM0(1/3) AAS
>>336
記憶を良く観察して、時系列を判断するのですね。
前世を見ようとした時に、自分がただ一つの存在であり、過去の別人の人格を受け継いでいるはずはないとか、生まれる前まで記憶を辿れるわけはないとか、様々な観念による抵抗がありました。
結局は自我が自分だと思っている存在を超えていくのが怖いということが判り、その恐れは超えられました。
過去のイメージを見られたことよりも、自分の観念に気づいて厭離できたことのほうが貴重な経験でした。
前世にも囚われずに進もうと思います。
ありがとうございました。
340(1): 2014/09/22(月)12:22 ID:RjOp9EHo0(5/5) AAS
>>336
和尚、お返事ありがとうございます。
やはり一瞬ですか。
その一瞬を知るために、我々は膨大な時の中を流れていくのですね。
映画だとロマン溢れる物語になりそうですが、
実際のところは欲から抜け出せないがためとなれば、もどかしいものを感じてしまいます。
あと今の状況がレアだと知り、より精進しなければと思いました。
よくよく考えると、今までの膨大な時の中で真理に近づく機会はそうそうあるものではないと気づきました。
ネットも書籍もなければ人づてに知るしかないでしょうし、かといってその人が正しいとも限らない。
正しくとも自分に合っていなければ難しいでしょうし、なにより次にまた探さなければならない。
省7
341(1): 2014/09/22(月)18:08 ID:LC3de7YgO携(37/109) AAS
鬼和尚、こんばんはヽ(・(∀)・)ノ龍明であります。
無我であり、自他の別なく、時間もない。全ては幻想である。と鬼和尚は繰り返し説かれ、言葉で説明し得ない「悟り」を修行により自らの実感するための方法として、「前世」「来世」「輪廻」等の幻想を心の深奥に探してみる方法が語られているのだと理解していますが。悟れる人は少数であり、道なかばで人生を閉じる大多数人に対する「慈悲」として説かれてる側面もあるのかなと思いました。
こんな理解でもよいのでしょうか?
342(1): そらいろ◆EHlCk/f57s 2014/09/22(月)20:46 ID:QYxHFVxg0(1) AAS
鬼和尚
瞑想中のことですが、
記憶という、ものを蓄えたり思い出したりしているのは、脳や肉体の働きにすぎないものであり、
己とは特に関係のないものに観えました。
そして、普段の私がいかに記憶に基づいて物事を考えたり行動したりしているか、
ということも分かりました。
瞑想中、聞こえてくる音が何であるとか、見えるものが何であるとか、
そのような記憶に拠らない認識をしていたようです。
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