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ネット、メディア規制関連情報スレ17

2。・゜*ヽ(´ー`)/。・゜*:2015/12/01(火) 19:28:28 ID:dPNrl.wU
「裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心」中野 明 著
http://kousyou.cc/archives/6401

幕末明治、日本を訪れた欧州の人々が驚いたのが、そこらじゅうに溢れる恥ずかしげもなく裸体を晒す日本の人々である。若い娘が一糸まとわぬ姿になって庭先で行水し、子供たちは裸で川遊びに興じ、車力の男達は筋骨隆々な身体を見せ、公衆浴場も温泉も多くが当然のように混浴で、老若男女みな裸体の人が町中にいても気にも留めない。

当時の欧州や現代日本と当時の日本とでは裸体に対するとらえ方が大きく違っていた。当時の日本では裸体は羞恥心を抱く対象ではなく、現代日本で言うところの顔のようなもの、『人間の顔と同じく「日常品(コモディティ)」だった』(P107)と著者は言う。一般的に、人の顔を見てもなんら性的な欲求を覚えないように町中で顔を晒して歩いていても恥ずかしいとは思わない。同様に、当時の日本では顔の延長であるコモディティとしての裸体を恥ずかしいとは思わない。このような裸体を恥ずかしいと思わない観念の社会が、明治維新を経て近代化が進められていく中でどのように裸体を恥ずかしいものと捉えていくようになったかが、本書では描かれている。

西洋からの目線に配慮して明治政府は、明治元年(1868)、「外国人に対して御失礼に付」混浴を禁止する触れを出したのを皮切りに、明治十八年(1885)まで裸体・混浴・性風俗に関する様々な禁止政策を次々と打ち、日本社会はゆっくりと裸体を当然なものとする社会から裸体を恥ずかしいものとする社会へと変わっていった。町中で裸体が見られなくなり、混浴が一部の例外を除いて禁止され、明治後期の裸体画論争などを経て、裸体を恥ずかしいものとする風潮が形成されていくのが大正期、そこからさらに、女性の社会進出があり、1930年代から40年代に下着の着用が一般化、1950年代に女性用のブラジャーの着用が一般化して羞恥心の対象は胸部まで広がり、裸体が恥ずかしいものとする観念が日本中に浸透する。およそ百年かけて、羞恥心の在り方を西洋化させてきた歴史が本書から浮き彫りになり、とても面白い。


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