丁稚小僧と男色 (13レス)
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1: 2011/09/03(土)15:07 AAS
昔は、食いっプチを確保するため、幼くして丁稚や奉公に出された。
それは戦後間もなくんで行われた。
丁稚や奉公先で苛められ、叱られるもの、可愛がられるものがいたことでしょう。
丁稚は12,3〜4ぐらいなので丁稚先の旦那や奉公人に男色の相手にされるものも
いたことでしょう。
2: 2011/09/03(土)15:23 AAS
北野武(ビートたけし)[座頭市」という映画がありました。(DVDあり)2003年公開。
3: 2011/09/03(土)15:59 AAS
昭和の初めに兵庫県の田舎から大阪に丁稚奉公に出た経験のある民族学者の赤松啓介氏は、丁稚小僧をしていたとき、

客の人妻や同じ商店街の商店のおかみさんによく誘われたと語っていますが(「夜這いの話(3)」を参照)男の客に誘われた経験はなかったみたいです。

それでも、住み込みで働いている丁稚小僧が男色の対象になることはよくあったみたいで、夜中に目が覚めたら、隣の布団で男同士、重なってるのが見えたりしたそうです。

こういう住み込みの丁稚小僧相手の男色の習慣は、どれくらい続いたかはっきりとは分かりませんが、

少なくとも、集団就職で中卒の少年が大量に都会に出て住み込みの仕事をしていた1960年代くらいまでは続いていたのではないかと思います。
4: 2011/09/06(火)12:04 AAS
丁稚ではないが昭和30年代から40年代にかけて金の卵といって集団就職が盛んだった。
あるホモを覚えた告白に、夜先輩と一緒に寝ていてなにか変だからと目が覚めたら、先輩の頭があそこにあって、口にされていてびっくりしたが、どうしたらいいかわからずされるままになってしまったという。

今はそうでないがその頃は中学を出ると集団就職で地方から見知らぬ都会に出て来るが、みんなバラバラになった。
昭和40年代の半ば頃、まだ集団就職が行われており、大きな会社には東北から数十人位中卒が入ったものだ。当時大きな所に就職したものはまだいいが、個人商店なんかに就職すると店の2階の四畳半かなにかで、先輩と一緒に寝る。先輩と寝食を共にして鍛え上げられて、みな一人前になったのだろうが、時として男同士の快楽のことまでも教えられてしまう。

初めての頃、先輩のセクハラに恥ずかしさに身を堅くした少年も毎日の事だけに、やがて愛撫に悶え夜を待ち望む花嫁のようになっていくのだろう。西も東も解らず、ホームシックにかかっている頃、同じ床の先輩に抱き締められ引き寄せられキスされて、パンツの中に手がはいってきたらビックリしてしまうだろう。しかもパンツを取り去られ下腹や内股、さらに誰にも触れさせない所をとらえられ、他人の掌のなかでふくらむという、ウブな少年にとっては顔も合わせられない位の恥ずかしさとショックとともに知った、男同士のめくるめく激しい快楽の虜になったかどうかは知らないが、めくるめく快楽の後に訪れるあの虚脱感に襲われるときは、こんなことをしていて良いのだろうかという気持ちになるのでは。
5: 2011/09/06(火)12:11 AAS
初めての頃、先輩のセクハラに恥ずかしさに身を堅くした少年も毎日の事だけに、やがて愛撫に悶え夜を待ち望む花嫁のようになっていくのだろう。西も東も解らず、ホームシックにかかっている頃、同じ床の先輩に抱き締められ引き寄せられキスされて、パンツの中に手がはいってきたらビックリしてしまうだろう。しかもパンツを取り去られ下腹や内股、さらに誰にも触れさせない所をとらえられ、他人の掌のなかでふくらむという、ウブな少年にとっては顔も合わせられない位の恥ずかしさとショックとともに知った、男同士のめくるめく激しい快楽の虜になったかどうかは知らないが、めくるめく快楽の後に訪れるあの虚脱感に襲われるときは、こんなことをしていて良いのだろうかという気持ちになるのでは。

しかし、東北の片田舎からはるばる大都会に出て来た15−6の独りぼっちの少年にとって、なにかと先輩に教えてもらうしかかないのだから、先輩の保護をうけるためには恥ずかしい事でも耐えなければならず、そうでなければ明日からの寝る場所の心配もしなければならない。そのうちにまた夜が来てまた恥ずかしさと快楽。
6: ゆき 2011/09/11(日)00:32 AAS
私のおまんこが大変なんです☆
皆さん使ってください。

h 外部リンク:0123.bz

肉便器になりたいです(//o//)
7: 2011/10/11(火)17:43 AAS
江戸時代は商人が栄えた時代だった。大尽といわれる商家の金持ちは、遊女とともに、蔭間を買い蔭間遊びをしたという。
一般の次三男は、8歳位から「丁稚奉公」に出されたという。丁稚奉公先で、美少年というわけでなくとも、それなりに可愛い子は
番頭さんや旦那さんとかに可愛がられた。

 ビートタケシの『座頭市』にもそんな場面があるが、男の子好き、「男色」すきの番頭さんなんかに愛され可愛がられると言うことが在ったようだ。
「寺小姓」のような美少年(美童)でなくとも、ちょっとかわいかったりすれば、可愛がられたと思います。
可愛がられると言うことは、ちょっと失敗しても叱られない。そのかわり、ちょくちょく、寝室に呼び出され性欲の放出の対象とされる。されることは、蔭間も寺小姓も、小姓も大体同じ。
いずれにしても、男色は蔭の男の子の生きる方法でもあったろう。いずれにしても、昔は就職は今の8,9歳、まだ10歳にも満たない小学校低学年で、小さな子が生き
ていくためには、誰かに可愛がられる必要があったと思います。可愛がられるには可愛いこの方が得だったろう。
8: 2013/10/01(火)17:36 AAS
江戸時代というか、明治まで男色は普通にある習慣だったんです。
かの土方歳三など、子供のころに奉公に出されたのですが、そこの番頭に尻を掘られかけたらしく、上野から40キロもある道のりを夜通し歩いて多摩の実家まで帰ったとか。
相当流行したらしいですね・・・。
あと、斉藤一さんは明治になってからは警察官を勤め、定年後は女子大の警備員をしていたそうです。
永倉も長生きして、孫と活動写真見るのが楽しみだったようですね。
9: 2014/08/15(金)10:53 AAS
座頭市 <北野武監督作品> [DVD] (2003)
ビートたけし (出演), 浅野忠信 (出演), 北野武 (監督) | 形式: DVD
·販売元: バンダイビジュアル
·DVD発売日: 2004/03/11
·時間: 119 分
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