[過去ログ] 奥多摩で少年たちに虐待を繰り返していた韓国人の自称住職。実は僧侶資格のない無職犯罪者。★2 (813レス)
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744: 基本。 2018/11/29(木)21:57 ID:kF884116(11/13) AAS
>>1
> おやさまは、「あると言えばある、無いと言えば無い。あると信じて願うまことに見えてくる利益が神の姿や」との意、語ったと伝えられている。
そこで、あると信じたときに、ご利益があること。
それは、天からの与えがあるということですから、神はあるということ。
神の実体そのものは、「ご利益」なのだ。
これが、甘露台信仰の本質ということに、なります。
そうなのです。
泥鰌が人間の種になると言う発想が、おやさまの「甘露」と言う教えの発想なのです。
甘露については、以下のような資料があります。
天理教祖中山みきの口伝等紹介。
外部リンク:geocities.yahoo.co.jp
『今度屋敷へ生れる時は、名を玉姫と云い、乳や乳母で育てるのではない。甘露で育てる』と仰せになり、
又『十八歳迄は人並に成人するが、十八歳から先は、なんぼ年をとっても、いつも十八の姿や』と仰せになった。
それから御帰幽になった時『満三十年経ったら産れて来る』との御言葉があった。
明治十四年三月、兄秀司殿の御死去の際には、『小寒は先へ死んだが、今度の世ではやっぱり妹として生れさす』との御言葉であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「乳や乳母で育てるのではない。甘露で育てる」
この直接的な啓示。甘露と言うものは、そういう具体的なものだということになります。
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