[過去ログ] ◆◇甲陽学院中学校・高等学校 Part32◇◆ [無断転載禁止]©2ch.net (1002レス)
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(1): 2017/11/24(金)17:45 ID:PWb47sUY0(1/6) AAS
YouTube 1990 R32GT-R グループAレースデビュー戦動画リンク[YouTube]
Nissan R-382 vs Porsche 917 in the Japan Grand Prix of 1969動画リンク[YouTube]

伝説のGT-R 50勝への軌跡動画リンク[YouTube]

フェアレディ240Z ’71年第19回東アフリカサファリラリー
外部リンク[php]:nissan-heritage-collection.com
スポーツカーであるフェアレディZは、その性能の高さを実証する意味も込めて、過酷なモータースポーツとして知られるラリーの世界へも挑戦しました。
このクルマは、1970年(昭和45年)第18回サファリラリーで総合優勝を果たし、
「ラリーの日産」を強く印象付けたブルーバード(510型系)の後を引き継いだモデルで、
1971年の第19回同ラリーで、初出場ながら見事に総合優勝を獲得しました。
また、2位にもフェアレディ240Zが入り、日産のサファリラリー2年連続制覇を1-2フィニッシュで飾りました。
156: 2017/11/24(金)17:48 ID:PWb47sUY0(2/6) AAS
レースに勝つために排気量は2.6リッター

SPIRITS : RACE CAR DIRECTORY - NISMO
外部リンク[html]:www.nismo.co.jp
レースに勝つために排気量は2.6リッター
 ツーリングカーレースでのスカイラインGT-Rは、日本のモータースポーツ史上もっとも栄光に満ちたクルマだ。
1969年に登場した初代GT-Rは、その活躍の舞台となったツーリングカーレースで伝説の50勝という金字塔を打ちたてる。
1990年にグループAのツーリングカーレースに華々しくデビューした3代目GT-Rも、
29連勝という偉業を達成し、その強烈な走りの印象はまだわれわれの脳裏に鮮やかに残っている。

 GT-Rは、そもそもレースで勝つことを念頭に生み出されたもので、日産にとっては格別なクルマである。
だからこそ、それに相応しいベースモデルを見出すまでに、6から7の2世代を通り越し、
省4
157: 2017/11/24(金)17:48 ID:PWb47sUY0(3/6) AAS
ですからR32も勝つための開発をスタートさせたわけです」と、
明確にGT-R復活をゆだねられたR32の大きな使命を語る。
「GT-Rということから、エンジンは直列6気筒にこだわって、2.6リッターのRB26DETTを開発したわけですが、
グループAのレギュレーションを詳細に調べてエンジンのスペックを決定したことを覚えています」と亀井。
生産車のスペックがその素性を大きく左右するグループAカーはすべてが公認に縛られるため、
基本となるスペックの煮詰めは重要であった。
2.6リッターと一見すると中途半端な排気量だが、過給器(ターボチャージャー)の換算係数や、
その係数を乗じたクラスの最低重量を考慮したものだったのだ。
こうしてR32の仕様が決定していったが、重要なのは3代目のGT-Rが単なる復活モデルでなかったこと。
158: 2017/11/24(金)17:49 ID:PWb47sUY0(4/6) AAS
フォード・シエラなどのライバル勢に立ち向かうためのエンジン高出力化という時代の要請に応え、
満を持して電子制御のトルクスプリット4WD「アテーサE-TS」を搭載し、
サスペンションは前後ともマルチリンクを採用するなど斬新な機構が盛り込まれていた。
これらの装備が29連勝という記録更新の礎となり、R32が3代目GT-Rとして、その評価を大いに高めることにもなった。
 生産車の発表に合わせて、レース仕様車の開発も急ピッチで進められることになったが、
車体や駆動系は追浜、エンジンなどの開発を日産工機が担当。
そしてサスペンション、ブレーキ、アクスル、ペダル関係などを亀井らのニスモが担当しマシン開発は鋭意進められた。
159: 2017/11/24(金)17:50 ID:PWb47sUY0(5/6) AAS
4年間で29レースを完全制覇
 生産車の基本スペックの煮詰めが功を奏し、比較的短期間にまとめられてレース仕様車は、
1990年開幕戦前のシェイクダウンで目標タイムを出して第1段階をクリア。
こうして3月18日に西日本サーキット(現MINEサーキット)で幕を開ける全日本ツーリングカー選手権(JTC)に、
鈴木利男/星野一義組のカルソニックスカイラインと長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン組のリーボックスカイラインという2台のGT-Rが、
4万1000人の大観衆の前で鮮烈なデビューを飾った。

 レースでは星野組がマシントラブルで2位となった長谷見組を1ラップ遅れ、3位を2ラップ遅れに下して圧勝。
GT-Rが1-2フィニッシュを飾り、輝かしい連勝記録の第1歩がスタートしたのだった。
90年は6戦中、星野組が5勝、長谷見組が1勝を挙げてフォード・シエラ勢を撃破し、2501cc以上のディビジョン1/JTC1で星野がドライバーズチャンピオンを獲得。
あわせて日産も製造者部門のタイトルを獲得した。
省2
160: 2017/11/24(金)17:51 ID:PWb47sUY0(6/6) AAS
さらに最終戦のインターTECではシエラからスカイラインに乗り換えた
見崎清志/長坂尚樹組のFET SPORT GT-Rが参加して、ディビジョン1のバトルはさらに激化した。
この中で、長谷見が3勝をあげ、僅差で星野を2位に下してチャンピオンを獲得した。
長谷見は92年にも6戦中2勝を挙げて、2年連続チャンピオンとなっている。
 そしてJTC最後の93年。星野/影山組のカルソニックが開幕戦で優勝し、
幸先の良いスタートを切って全9戦中4勝を挙げ、影山がドライバーズチャンピオンを獲得。
ホシノレーシングがチーム部門を制し、日産が製造者部門で4年連続タイトルを実現した。
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