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【伝奇】東京ブリーチャーズ【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net (285レス)
【伝奇】東京ブリーチャーズ【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/
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199: 品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ [sage] 2017/01/23(月) 23:04:57.77 ID:3e2X66iI 「右手出しぃ」 品岡はそれを形状変化で細長い帯状に変え、祈の右手首に巻きつけた。 切れ目はすぐに馴染んで見えなくなった。 「そいつはワシの妖術を嬢ちゃんの身体に繋ぎ止める呪符や。それを破ればすぐに術が切れて元の嬢ちゃんに戻る。 戦闘中に切れんよう多少頑丈に作ってあるけど、妖力込めて引っ張ればブチっといくはずや。 ま、保険やな。ホントは金とるモンやけどサービスっちゅうことにしといたる」 橘音から日当も出ているし、とは敢えて言わなかった。格好を付けたかったのである。 品岡は首をコキリと鳴らすと踵を返した。 「はぁーしんど。慣れんことするもんやないな、ワシちょっとヤニの補給に行ってくる。 ああ嬢ちゃん、下半身のバランス変わっとるから今のうちに慣らしとき。ほな」 腰を叩きながら事務所を出た品岡は、手汗でべとべとのショートピースをきっかり二本吸いきってから帰ってきた。 その頃には中座した尾弐も戻ってきているようだった。 彼は白い封筒を3つ、それぞれ橘音とノエルと祈に渡す。 >「そいつは魔除けのお護りだ。今日はたまたま持ち歩いててな。 中身は鬼切安綱とまではいかねぇが、正真正銘『悪鬼』を切った破魔の刃物だ。 そこらの護符よりは魔除け――――呪詛対策になる筈だぜ。3つ有るから、祈の嬢ちゃんと那須野……ついでにノエル。 「あのぉ尾弐のアニキ、ワシの分は……?」 >「性別と年齢的にムジナの分はねぇ」 「ああ良かった!ナチュラルにハブられた思いましたわ!」 性別と年齢の話ならしょうがないね!と品岡は胸を撫で下ろす。 事務所から出ていった様子のない尾弐がどこから破魔の刃を調達してきたのか定かではないが、 高く売れそうならあとでノエルあたりをだまくらかしてちょろまかそうと適当に考えていた。 その裏には知られざる尾弐なりの"覚悟"があったが、デリカシーのないヤクザにそれを知られなかったのは彼の幸運であろう。 【祈ちゃんに性転換手術。いつでも妖術を解除できるリストバンド型の呪符を渡す】 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/199
200: 創る名無しに見る名無し [sage] 2017/01/24(火) 13:31:17.76 ID:3axVNC1R 性転換はちょっと品がないと思う http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/200
201: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/01/24(火) 20:21:29.82 ID:rns+BZZl >あたしは“行く”よ。品岡のおじさんの提案に乗る 祈のまっすぐな、まっすぐ過ぎる言葉が、橘音の耳に響く。 そうだ。最初から、結論なんて決まっていた。 この少女が『呪詛が怖いから事務所で待機している』などという選択肢を選ぶはずがない。 むしろ漂白対象が危険であればあるほど、この少女はそれを食い止めようとするのだ。 純粋な、真っ白な正義感で。 「あーあ、もう、折角祈ちゃんの身の安全に配慮したって言うのに、だーれもボクの言うことを聞きゃしない!」 「リーダーをリーダーとも思わない、こーんなメンバーを集めてきたのはいったい誰です?断固抗議してやらなくちゃ!」 「…………うん、ボクだ!じゃあこりゃ、もう仕方ないですね!」 いやぁ参った参った、と橘音はおかしそうに笑って後ろ頭を掻く。 「……それに、よくよく考えたらボクらがコトリバコの漂白に失敗すれば、どのみち東京の女性は全滅するんです」 「つまり、どこにいたって同じということだ。それなら――」 祈が望むのなら、一緒にいればいい。 >やっぱ嬢ちゃんは置いて行きましょうや、坊っちゃん。ワシらだけで十分でしょう 唯一橘音に同調し、先程そんなことを言ってきたムジナがちらと橘音を見たが、橘音は最終的に同伴を許した。 >橘音にもさっき言ってた対策ってやつ、やって貰っていいかな。時間もないし、最低限で良いから 「ええ、もちろん。この狐面探偵にお任せあれ!」 祈の言葉に、軽く自分の胸を叩いて返す。 が、『これをやっていれば大丈夫』という確実な手立てがないのは変わらない。 橘音はリーダーであり作戦参謀である。勝ち目のある作戦しか考えないし、勝ち目のある戦いしか挑まない。 今までも、前回の八尺様に関しても、橘音はあらかじめ必勝の策を用意して《妖壊》に挑んできた。 だというのに、今回はそれがない。 コトリバコはそれ自体が強大無比な呪詛の塊であり、兵器である。 この世界にあるすべての毒ガス、細菌、病原体。あらゆる化学兵器よりも、その呪詛は確実に女子供を殺す。 いくら既存の呪詛対策を施したところで、それをあっさりと踏み越えてくるかもしれないのだ。 薄氷を踏むような作戦しか立てられない現状に、臍を噛む――が。 >橘音くんは妖狐だから心配しなくていい。マッチョにも美少女にもどうにでもなれるんだよ >ああそうだ、誰が心配するものか! それだってどうせ仮の姿なんだろ! >思わせぶりに顔隠してんじゃねー! この厨二ファッションオサレ仮面め! >べ、別に君のために付き合ってやってるわけじゃないんだからな!? そんな薄氷を、ノエルの逆ギレ気味の言葉が一気にブチ割った。 >いや……なんつーか、お前さん随分とまあ、思春期のガキみてぇな反応だな 尾弐が呆れ顔で言う。ノエルのノエりっぷりは、こんな逼迫した状況でも何も変わらない。 自分たちが失敗すれば、東京都の人口が半分になるというのに、この妖は事態を理解しているんだろうか?と思う。 しかし、いかなるときでも態度を変えないのがブリーチャーズのムードメーカー、ノエルの紛れもない長所であろう。 ノエルにノエられたお蔭で、いっとき抱え込んでいた絶望感や悲壮感はどこかへ吹っ飛んでしまった。 「誰が厨二ファッションオサレ仮面ですかっ!?」 ずびし!とノエルの胸元に軽く手刀でツッコミを入れる。 場の雰囲気が束の間なごむ。――そう、この空気がいい。漂白者に絶望は不要だ。 災厄、困難、不幸に絶望――あらゆる凶事を白く塗り潰すのが、東京ブリーチャーズの仕事なのだから。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/201
202: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/01/24(火) 20:21:58.13 ID:rns+BZZl >ところで……今のところ死んでるのは女の人だけみたいだけど、確か噂では子どもも駄目なんじゃなかったっけ? >嬢ちゃんを男にした後風俗にでも行かせたらええんちゃうかな。二重の意味で男にするのも兼ねて。げひっ 「ムジナさん、それ、セクハラですよ」 仮面の奥から半眼で指摘した。 今でこそ坊ちゃんと男扱いされているが、橘音も以前ムジナに性別のことを指摘されたことがある。 下卑た物言いはいかにもチンピラといった風情で、他のメンバーの視線も寒々しいが、彼が今回の作戦の鍵なのは間違いない。 >そういえばステータス異常って二つ重ねてはかからないんだよね! さらなるノエルの提案。橘音は驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせた。 単なるムードメーカーではなく、たまに頭の配線が正常になるのかときどき鋭いことも言うのがノエルである。 >いや、重複するやろ状態異常。みんなのトラウマ・モルボル先生のくっさいくっさい息のこと忘れたとは言わせへんで >……呪詛の重ね掛けについては、適当な呪いじゃコトリバコに呪いに飲み込まれちまうかもしれねぇ ノエルの疑問に対しての、ムジナと尾弐の回答。 これについては橘音も反論の余地がない。コトリバコの呪詛を弾くには、コトリバコを上回る呪詛をかけなければならない。 そして、橘音にそこまでの呪詛は使えない。これでも善狐、御使いのはしくれである。呪詛に関しては完全な門外漢だ。 海千山千の古狐、御前なら呪詛も呪詛封じもお手のものなのだろうが、上司に助けは求められない。 それに、コトリバコの呪詛を回避するために祈をさらなる危険に陥れるようでは本末転倒であろう。 橘音はコホンと一度空咳を打つと、おもむろに口を開いた。 「まぁ、ムジナさんの発言は後ほど親分さんに報告しておくとして。確かに、今回の一連の事件では子供は死んでいません」 「原因は不明ですが、そういうことなら今は子供相手の呪詛は気にしなくていいと思います」 「というか、性別変換だけでも祈ちゃんの身体には負担が大きすぎます。呪詛の重ねがけはすべきじゃない、ですから――」 「他の方法を考えましょう。祈ちゃんの身体に施すのは、ムジナさんの術だけで充分です」 妖怪に肉体改造を施すのは簡単だ。妖怪は元々肉体という概念が希薄だからである。 が、人間はそうはいかない。肉体に強く依存する人間のそれを改造するというのは、大変な行為なのだ。 よもやムジナが失敗するとは思わないが、祈の肉体に大きな負担がかかるというのは紛れもない事実である。 >……。 おう那須野、ちっとばかし洗面台借りるぞ 不意に尾弐が用具入れの戸棚から何かを取り、応接間の外の洗面台へと歩いていく。 「どうぞどうぞ、顔でも洗ってくるんですか?クロオさん、額に脂浮いてますしね」 白手袋に包んだ右手をヒラヒラと振って送り出す。 もちろん、尾弐がただ単に顔を洗ってくるなどとは露とも思っていない。尾弐は尾弐で対策をしてくるのだろうと察する。 と、 >鬼の居ぬ間になんとやらや。こっちも嬢ちゃんに施す"対策"を始めよか ムジナもまた祈に性別転換術を施すべく立ち上がる。 ムジナが祈に術をかけるのを、橘音は緩く胸の下で腕組みした状態で眺めた。 万が一にもムジナが悪心を抱くとは思わないが、それでもリーダーとしての義務がある。 >オンキリキリ・ハラハラ・フダラン・バサツ・ソワカ・オン・バザラ・トシャカク 事務所の中にムジナの呪言が響く。 チンピラ風の男が女子中学生の頭に大幣を当て、まじない師ばりの術をかけている。 甚だ怪しい光景だったが、しかしこれが呪詛逸らしの最も効果的な方法なのだ。 >……工事完了や 時間にして数分。術式は拍子抜けするほど呆気なく終わった。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/202
203: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/01/24(火) 20:22:35.47 ID:rns+BZZl 傍から見る分には、祈に外見的な変化はない。 それは祈本人にしか感じられない変化であろう。まさか、確認したいから変化した場所を見せろとは言えない。 それができるのはノエルだけだ。ノエルの芸風を横取りはすまい。……などと妙なことを一瞬考える。 >はぁーしんど。慣れんことするもんやないな、ワシちょっとヤニの補給に行ってくる >那須野の方は終わったか? もし終わったんなら、お前さん達にこれを渡してぇんだがよ 術式を終え、ニコチン不足となったムジナが部屋を出て行くのとほぼ入れ違いに、尾弐が戻ってくる。 尾弐の差し出してきた白い封筒を受け取ると、橘音はふむ、とひとつ息をついた。 >そいつは魔除けのお護りだ。今日はたまたま持ち歩いててな >中身は鬼切安綱とまではいかねぇが、正真正銘『悪鬼』を切った破魔の刃物だ 「……ナルホド。確かに、これは紛れもなく鬼切の刃。ありがたく頂いておきますね」 白封筒をためつすがめつ眺め、橘音はにんまり笑う。 先程尾弐が用具入れから持って行ったモノ。たまたまひょっこり持ち合わせていたという、破魔の刃物。 それが斬ったという『悪鬼』―― それらが示すものは、ひとつしかない。 が、その真実をわざわざ暴いたりはしない。橘音は『真実は自分ひとりが知っていればいい』探偵である。 ただ、尾弐にそれとなく告げてはおく。そっと尾弐に近付くと、つま先立ちで背を伸ばし、 「クロオさんのそういうところ。好きですよ」 と、耳元で囁いた。 「……さて。じゃ、ボクの用件がまだ終わっていませんので……最後にそれをやっていきましょう」 メンバー全員の顔をぐるりと見回して、口を開く。 「ムジナさんの術による『擬』、クロオさんの破魔の刃物による『護』。コトリバコ対策は、これでふたつ」 「これ以上の対策は、はっきり言って蛇足でしょう。ボクも護符の類を考えましたが、クロオさんの刃物に勝るものは作れません」 「それに何をしたところで無駄なときは無駄ですから。やられるときはやられます、なので『もうこれはアカン』と思ったら――」 「皆さん、踊ってください」 突然妙なことを言いだした。 「いいですか?ボクがお手本を見せますからね。皆さん、マネしてやってみてください……いきますよ」 タン、タン。タタタン、タタタン、タン。 右足を前一歩、左足を前に一歩。左足を一歩下げ、右足も下げて、両足の踵を合わせる。 右足で一度地面を踏み鳴らし、左足を軸にして反時計回りにくるりと一回転。 そして、右足でもう一度地面を踏む。これがワンセット。 「わかりました?んじゃ、全員でやってみましょうか。はい、クロオさんもムジナさんも恥ずかしがらないで〜」 そんなことを言いながら、全員が覚えるまで踊りを続ける。 もちろん、橘音は万策尽きたときのヤケッパチのためこの非常時に踊りを披露しているわけではない。 呪式歩法『禹歩(うほ)』―― 古来陰陽家に秘術として用いられてきた、退魔の力を宿す舞踏である。 このステップを踏むことで、足許に簡易的な呪詛反射の方陣を発生させ身を守ることができるのだ。 本来はもっと長く複雑なものだが、橘音は簡単なステップで効果が発動するようアレンジを施している。 簡単であるがゆえに効果を発揮するのはほんの一瞬だが、それでも回避には役立つことだろう。 全員に踊りを覚えさせると、橘音は満足したように笑った。そして右手人差し指で虚空をビシリ!と指す。 「では――。東京ブリーチャーズ、アッセンブル!!」 某アメコミのパクリだった。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/203
204: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/01/24(火) 20:23:08.15 ID:rns+BZZl 稲城市、某所。 普段は大勢の人々が行き交っているであろう商店街が、KEEP OUTと書かれた黄色のバリケードテープで封鎖されている。 その近くにはたくさんの警察車両、救急車、消防車が集まっており、今まさに懸命の救命活動が行なわれていた。 ……が、今さらの救命活動などにいったい何の意味があるだろう? 救急車に担ぎ込まれ、AEDによって――あるいは人力によって心肺蘇生を施されている女性たちは、とっくに絶息している。 野次馬たちが群れを成し、その光景を写メで撮影したりしている。 目の前で死が猛威を振るっているというのに、なんという楽観ぶりだろう。群衆を前に橘音はそう思う。 が、そんな人々を《妖壊》から守るのが自分たちの仕事だ。 「ハイハイ、お邪魔しますよ。毎度おなじみ狐面探偵、那須野橘音ですよぉ〜」 救急車や消防車の回転灯が眩しく輝く中、人混みを縫って前へ進んでゆく。 人々を押しとどめている警官のひとりが橘音たちブリーチャーズの面々を見咎め、制止を促す。 が、橘音は歩みを止めない。警官の目を見つめ、仮面の奥の双眸をギラリと輝かせる。 橘音の目を見た警官はたちまちボンヤリと棒立ちになり、ブリーチャーズをバリケードテープの内側へ通した。 妖狐の持つ妖術のひとつ、幻惑視。肥溜めを風呂と偽るような、妖狐お得意のたぶらかしである。 「お疲れさまです。ここはこのボクがいつも通り!バシッと解決してきますから、皆さんは誰も中へ通さないように」 そんなことを言う。事件にすぐ首を突っ込む厄介者として、警察関係者の間では有名な橘音だ。 廃墟のような無人の商店街を、橘音は普段通りの軽やかな足取りで歩いてゆく。 しかし、その後に続くブリーチャーズの面々にはもう感じられることだろう。 ピリピリと肌を刺すような、妖気の残滓。 それはつい最近までこの界隈に目標とするモノが――コトリバコがいた、ということの証左に他ならない。 「この『残り香』から察するに……コトリバコはまずこの近辺に現れ、あちらへ向かったようですね」 右手を前方へ伸ばして告げる。よく見れば、商店街のあちこちに血だまりができている。呪詛の犠牲になった女性たちのものだろう。 「この商店街を訪れていた女性の悉くを殺して。……いやはや、食い散らかしてくれたものです」 口調は軽いが、別におどけているわけでも、危機感を覚えていないわけでもない。 憤っている。ただ、それを人に悟られたくないだけなのだ。素直でない性格である。 そして――そのまま五分ほども歩いた後だろうか。 『それ』との遭遇は、突然に訪れた。 「た……、た、助けて……。助けて……ください……」 開けっ放しの薬局の店舗の中から、よたよたと三十代くらいの女性が出てくる。服装からして薬剤師の女性だろうか。 下腹部が真っ赤に染まっている。呪詛を浴びた証拠だが、生きているということは影響が弱かったのだろう。 距離にして50メートルほど。女性はブリーチャーズを認めると、涙を流しながらふらふらと助けを求めてきた。 祈などはすぐに女性を助けようとするかもしれない。――が。 「……この妖気!皆さん、来ますよ!」 鋭い声で注意を促す。と同時、女性が何の前触れもなくごぷり、と大量の血を吐き出した。 「あ……あ……、ああああああああ……!ひっ、ひぎっ……あぁ、ぎ……ぎゃあああああああああ―――ッ!!!」 女性が自らの顔に爪を立て、苦悶の声をあげながら掻きむしる。下腹部の真紅が一層広がってゆく。 自ら顔の皮膚を抉り、髪をむしり、女性は断末魔の悲鳴をあげてのたうち回った。 妖怪である橘音をして、目をそむけたくなるほどに凄惨な有様である。――これが、コトリバコの呪詛。 女性の下腹部があたかも別の生き物のように激しく蠢き、その後破裂する。 ゴボゴボとくぐもった声を血と共に漏らし、目や耳、鼻からも大量の血を流すと、女性は前のめりに倒れて絶命した。 間近で見る呪詛の凄まじさたるや絶句する他ないが、ボンヤリしている暇はない。 なぜなら、敵はもう出現しているのだから。 そう――想像を絶する苦痛のうちに死亡したであろう、女性の亡骸のすぐ傍に。 寄木細工の小箱が落ちているのを、ブリーチャーズの面々は見た。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/204
205: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/01/24(火) 20:23:43.73 ID:rns+BZZl それは、直径10センチにも満たない小さな箱だった。 いわゆる『秘密箱』と呼ばれるものだ。精妙な細工によって、通常の手順では開かないようにできている。 箱根の辺りでは土地の名物にもなっている、日本古来の伝統工芸だ。 現代で言うところのパズルボックス、それが『コトリバコ』の正体だった。 一見すると、なんの変哲もない寄木細工。 だが、その内側から溢れ出んばかりの妖気が迸っているのが、ブリーチャーズの面々には感じられることだろう。 鞍馬山の妖怪銀行から何者かによって盗み出された、至高の呪具。 『ハッカイのコトリバコ』――。 「付喪神化していますね」 コトリバコを前に、橘音が呟く。 百年経てば器物も化ける、というのが付喪神のセオリーであり、伝承にあるコトリバコが作られたのは十九世紀。 百年などとっくに経過している。 コトリバコほどの呪力を持つ器物ならば、妖怪銀行に保管されている最中に自我を持ったとしてもまったく不自然ではない。 ……ォ……ァァ…… ………ォオォ…………アァァアァアァァアァァァ…… ……ギャ……ァ………… …オ……ギャア……オォォオォォ……オォオオォォォオォオオォォオギャァアアァアァアァァァ………… …………オギャアアアアアアアア!!!オギャアアアアアアアアアアアア!!!!! コトリバコの中から、声が聞こえる。 それは、泣き声。コトリバコ製作の過程で『材料』にされた、嬰児たちの怨嗟の声。 泣き声は徐々に大きく、明瞭になってゆき、やがて耳をつんざくような絶叫へと変わった。 誰も手を触れていないコトリバコが、ふわりと宙に浮かぶ。 物凄い勢いで回転しながら、自ら封を解こうと展開してゆく。秘密箱の秘密が解き明かされる。 内部に封じられたモノが、外へと飛び出る――。 オギャアアアアアアアア!!!!!オギャアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!! 『ソレ』は赤子だった。 だが、当然只の赤子ではない。身の丈4メートルはありそうな、巨大な赤子。 八体どころではない。無数の赤子の亡骸を縫い合わせ、一体の赤子に仕立てたような、ずんぐりとした不恰好な赤子の《妖壊》。 体躯の至るところから突き出た小さく短い手がわきわきと蠢き、グチャグチャに連結した顔の両眼からは絶え間なく血が流れている。 これが、付喪神化したコトリバコの姿だった。 ……オギャアアアアアアアアア――――――ッ!!!!オォォオォォオオオ!!!!! どうやら、コトリバコはブリーチャーズを攻撃対象と認識したらしい。 ぽっかりと開いた空洞のような口から悍ましい叫びをあげながら、メンバーのひとりに狙いを定めて突進してくる。 が、それは祈ではなかった。コトリバコは祈の方には見向きもしない。ムジナの妖術が効果を発揮している証拠だ。 狙われたのは、橘音だった。 「……まぁ、そう来ますよね。ボクがアナタだったとしても、同じことをするでしょう」 予想の範疇だ。大型バスほどの巨体を持つコトリバコの突進を、まるでマタドールのようにマントで往なす。 狐面探偵七つ道具の弐『迷ひ家外套(マヨイガマント)』。 マント自体が一種の結界になっており、治癒能力を持つと同時に妖力や妖術からある程度身を守ってくれる。 その上伝説の迷い家のようにあらゆる妖具、呪具を召喚することもできるスグレモノだ。 「ボクが囮になります!皆さん、コトリバコに総攻撃!まずは『ケ枯れ』させましょう!」 執拗に追撃してくるコトリバコの攻撃を身軽に避けながら、メンバーへ向けて叫ぶ。 この状況においては、相手の付喪神化というのは都合がいい。 何故なら、呪具ではなく《妖壊》と化した者に対しては、ブリーチャーズの最も得意とする戦法が使えるからである。即ち―― 『ぶん殴って黙らせる』という戦法が。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/205
206: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/01/24(火) 20:24:33.87 ID:rns+BZZl ムジナの術が効いている状態の祈なら、コトリバコを攻撃することは可能だろう。 また、コトリバコが付喪神化しているということは、その呪詛の有効範囲も可視化されているということである。 端的に言えば『コトリバコの攻撃を喰らわない限り、呪詛は発動しない』。 祈が当初考えていた『当たらなければどうということはない理論』が有効になっているのだ。 ……とはいえ、コトリバコが強力無比な相手であることにはなんの変わりもない。 オギャアアアアアアアアア!!!オォォォオォオオギャアアァアアァアァアァァア!!!!! 基本的に橘音を狙ってはいるものの、コトリバコもそれを邪魔されれば他のメンバーへターゲットを変更する。 ただ図体がでかいだけの赤子だと侮ることはできない。その動きは4メートルの巨体にしてはあまりに速く、反応も鋭い。 単純な体当たりや、短い手をメチャクチャに振り回して繰り出す叩きつけなどは、純粋に脅威である。 また、ブリーチャーズが攻撃したときにコトリバコの身体から噴き出る緑色の膿のような粘液も曲者だった。 粘液に直接呪詛の力はないようだったが、強酸のようなそれは触れたものを爛れさせ、徐々に溶かしてゆく。 その粘液を時折吐瀉物のように口から吐きつけてくるのも厄介である。 「ボ、ボクは非戦闘員ですから……体力には自信がないんです、お早めに……お願い、します……よっと!」 コトリバコの追跡をかわしながら、橘音が悲鳴にも似た声をあげる。 狐らしいと言うべきか、長い髪を揺らしてひょいひょいと身軽な動きで攻撃を凌いではいるものの、もう息が上がっている。 このままでは、あと五分と持つまい。 だが、いくら強いとはいってもコトリバコは一体。ブリーチャーズは戦闘員が四名。 このまま行けばコトリバコの呪力を減退させ『ケ枯れ』に持って行くことは充分可能――と、橘音は思っていた。 が。 ……オ……オォオォオォオォォォオォオォオォ…… オギャア……オ、オオ……オオオギャアアァアァアアァアア………… オォオォォオ……オギャアアアアアアアア……!!!! また、赤子の泣き声が聞こえた。 しかし、それは目の前にいる巨大なコトリバコの発した泣き声では『ない』。 ブリーチャーズのいる商店街の至るところから、まるで獣の群れが発する遠吠えのように幾重にも赤子の泣き声が聞こえる。 「ま……、まさか……!」 予想だにしていなかった、最悪の可能性が頭の片隅からむくむくと鎌首をもたげてくる。 そう。妖怪銀行から何者かによって持ちだされたコトリバコは、間違いなくひとつ。 だが、コトリバコは全部で八つ。あと七つのコトリバコは、他の場所に代々保管されているという。 もしも妖怪銀行からコトリバコを持ちだした者が、他のコトリバコも手に入れていたとしたら――? オギャアアァアァアァアァアァァァァ…… オォオォオォオオ……オ……オギャアアァアァァアァアアアア……!!! 路地裏から、店舗の奥から、屋根の上から。 ず、ずるる、と音を立てながら、大小さまざまな赤子の《妖壊》が姿を現す。 その数は七体。今まで相手をしていた『ハッカイ』を加えれば、イッポウから全種類コンプリートということになる。 当然、その全てが女子供を瞬く間に殺す呪詛の塊。凶悪極まりない呪いの根源。 それ以前に、数の点から言っても四対八。それまでの力関係は完全に逆転した。 「あ、あれぇ〜?これは……死んだ、かなぁ……?」 絶体絶命の危機。 背筋を冷や汗が伝うのを感じながら、橘音はポツリとそう零した。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/206
207: 創る名無しに見る名無し [] 2017/01/25(水) 09:08:44.40 ID:lFGMn5lw 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI こいつはいらんわ http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/207
208: 創る名無しに見る名無し [] 2017/01/25(水) 10:37:56.70 ID:9SWKwPZQ https://youtu.be/quIHgwuF6r4 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/208
209: 創る名無しに見る名無し [sage] 2017/01/25(水) 20:00:57.97 ID:j7RGcWU6 >>208 面白いと思ってんのか蛆虫 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/209
210: 創る名無しに見る名無し [] 2017/01/28(土) 09:28:28.74 ID:6nd54YgO 狐の発言がいちいち寒いわ http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/210
211: 創る名無しに見る名無し [age] 2017/01/29(日) 00:17:04.21 ID:oyk2+B// 埋め http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/211
212: 創る名無しに見る名無し [age] 2017/01/29(日) 00:23:14.26 ID:FhZNRXq9 埋め http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/212
213: 創る名無しに見る名無し [age] 2017/01/29(日) 00:23:31.66 ID:FhZNRXq9 埋め http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/213
214: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/01/29(日) 01:04:27.16 ID:DtYvpmWH >「上等や。男にするのも女に戻すのも、完璧にやったるわい。嬢ちゃんが拍子抜けするくらいにな」 祈の問いに対し、品岡はそう約束する。 普通ならばヤクザと交わす口約束など信じられたものではないのだが、 この品岡の言葉は恐らく、品岡が己の術へ寄せる絶対の自信やプライドを賭して吐かれた言葉だ、 と祈は品岡と交えた視線から直感する。 先程まで感じられた祈を試すような色もない。 そうであるなら、その言葉を違えることも曲げることもしないだろう。そう信じられる。 祈は品岡の返事を聞いて、にっと笑った。 「頼むね。品岡のおじさん」 その笑みがややぎこちないのは、やはり恐怖そのものが大きいからだろう。 >「祈ちゃん……僕はオバケだからよく分かんないけどさ、どんな事があっても君は君だからね」 そんな祈を心配してか、言葉を掛けるノエル。 「ん。ありがと」 それに祈は特に表情を変えることもなく、軽く応じた。 雪女として世に生まれたノエルと、妖怪が混じりながらも人間として生を受けた祈では感覚が根本から異なる。 例えば人間の毛髪は防寒の為など確かな理由があって存在するが、雪女であるノエルには当然、防寒の必要などない。 では何故あるのかと言えば、それが人の形を模すのに適しているからだ。 あくまでも雪女とはこうであろうと人が想像し、畏れ、あるいは望み、 ノエルがそう描いたからその形になっているだけであって、その髪も、その腕も、顔も。 その性すらもしかしたら、ノエルにとっては仮初めのものでしかないのかもしれない。 故に祈の気持ちはノエル自身も言うようによく分からないのだろうと思われた。 だが祈はそれを理解しようと努めてくれたことや、励ましてくれたことが嬉しい。 ただそれを、上手く表情に出すだけの余裕がないだけで。 なのだが、 >「ああそうだ、誰が心配するものか! それだってどうせ仮の姿なんだろ! >思わせぶりに顔隠してんじゃねー! この厨二ファッションオサレ仮面め! >べ、別に君のために付き合ってやってるわけじゃないんだからな!?」 どうしたことだろうか、祈の言葉を別の意味に捉えたらしく、 ノエルが急にツンデレ的にいつもの調子でノエり始め――しかもそれが橘音への好意を裏返し的に告白していて――、 祈も笑わざるを得なくなる。 尾弐の的確なツッコミも、品岡の漫才かコントを彷彿させる言い回しも、なんだかおかしくて。 「ごめん御幸、今のはあたしの言い方悪かったね。 勿論橘音のことは心配してるけど、さっきのは尾弐のおっさんが言ってた方の意味だから」 目の端に浮かぶ笑いの涙を指先で拭う。今度は自然と笑えた気がした祈である。 ノエルの言葉に、緊張していた肩の力が抜けて、いつもの調子を取り戻すことができたようだった。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/214
215: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/01/29(日) 01:08:02.60 ID:DtYvpmWH 子ども対策。ブリーチャーズの面々が話すように、 コトリバコの呪いにはもう一つの側面があるのだという。 それは女だけでなく子供にも同様の効果を与えるというものだった。 女で子供の祈は余裕でアウトだが、 >「ええ、もちろん。この狐面探偵にお任せあれ!」 橘音が頼もしくそう言うので、そちらは恐らく橘音がなんとかしてくれるであろうから、まずは。 >「鬼の居ぬ間になんとやらや。こっちも嬢ちゃんに施す"対策"を始めよか」 「うん、お願い」 尾弐が席を外したところで、ついに祈へ女へ及ぶ方の呪いへの対策が始まろうとしていた。 己が掛けていた色眼鏡を大幣へと変え、それらしい雰囲気を出していた品岡が、 >「その前に嬢ちゃん、小便行っとき。下半身捏ねくり回すから下手すると漏らすことになんで」 ふと、野卑た笑みを浮かべてそんなことを言う。 「……べっ、別に。トイレならミーティングの前に行ったからいいし!」 急に振られるシモの話に、赤面しつつ祈は答えた。 ミーティングが始まったのは今から十数分程度前のことだ。 その前にトイレに行っていたというのは事実であり、尿意そのものがないことと、 ミーティングの間にみかんを食べていたことが個人的に気にかかったものの、時間もないことでその不安を黙殺することにする。 やがて、祈がソファに身を沈めると、その頭に品岡の造りだした大幣が載せられた。 >「えー……おんきりきり、ばざら、うんはった」 唱えられるのは、祈が漫画などで見た、あるいはテレビなどで聞いたことのある呪文だった。 何か陰陽師のキャラが唱えていたような、と考えていたところで、意識がだんだんぼんやりしてくる。 トランス状態、というものだ。眠りに入る寸前のような、混濁とした精神状態に祈は入りつつあった。 祈の頭の上に今度は品岡の手が載せられ、呪文の続きが唱えられる。 >「オンキリキリ・ハラハラ・フダラン・バサツ・ソワカ・オン・バザラ・トシャカク」 祈が体に異変を感じたのはその直後だった。 「ん……」 品岡の掌から、祈の脳へ。脳から脊椎、神経、体を通り下半身へ。 何らかの力が走り抜けるのを感じる共に、下半身の感覚ががくりと、消失――。 瞬間、自分がソファに沈み込んで一体になり、上半身だけ生やしている何かであるような奇妙な錯覚を覚える。 そのように感じるのは、トランス状態のもたらす混濁したふわふわとした意識が、 想像と現実の境界を曖昧にさせている故であろうか。 腰から足先までの神経が途絶えたような感覚。 下半身のどこかしこがむず痒いのに、足の指一本、動かせている気がしなかった。 これを品岡なりの麻酔のようなものだろうと祈は理解する。 手術のように開腹などしないとはいえ、体の内部を妖力で強引に捻じ曲げていく品岡の術をそのまま受けていれば、 それこそ、神経が激痛を訴えて発狂していてもおかしくはない。 コトリバコの呪いを受ければ生きたまま内臓がねじ切られる苦痛を味わうと言うが、 その苦痛を与えられるのは、何もコトリバコだけではないと言うことだろう。 苦痛がない事に祈が安堵したのも束の間。 「あっ……!?」 小さく呻く。 感覚がない筈の腰から下。 確かに痛みはない。だがその“中身”の収縮やうねりが、上半身に振動として伝わってくる。 それによって、概ねでしかないものの、今己の体の中で何が行われているのか想像がついてしまうのだった。 そして今、自分の中にあった大事な物が縮んでいき、やがては体に溶けるようにして消えたことが分かってしまう。 一時の事と覚悟していたとは言え、自分の一部が消えるのを生々しく知覚するのは想像を超えるショックがあった。 奥歯を噛みしめてそれに耐えるも、加えて、やはり本来ある筈の痛みを術で誤魔化しているだけだからであろうか、 小刻みに痙攣する足が、己の体へのダメージを表しているようで。 見ていられなくなり、ぎゅっと目を瞑る。 が、それは体内の音や振動により耳を澄ませるだけの結果に終わった。 いつ終わるのか、まだ終わらないのか。その思いだけが一時祈の心を塗りつぶした。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/215
216: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/01/29(日) 01:14:44.65 ID:DtYvpmWH >「……工事完了や。完璧に仕上げちゃおるが小便は身体を元に戻すまで我慢しとくんやで。 >尿道が出来上がったばかりで粘膜同士が張り付いとるからな」 やがて、品岡の声が降ってきた。 それによって、急に視界が開けたようにトランス状態が解けて、祈ははっと目を見開いた。 意識がはっきりと覚醒していくのがわかる。 「はっ……はっ……」 汗ばんだ手。握りしめたソファの革。知らず呼吸が荒くなっていたことに祈は気付く。 思ったよりも早く終わったらしく、祈が時計を見ても5分と経っていなかった。 だがもうずっとソファに座って術を受け、その終わりを待っていたような気がしていた。 トランス状態が解けた時に下半身の感覚も戻っていたようで、 荒い呼吸を整えながら足先を動かしてみると、しっかりと足指が動いた感触があった。 試しに立ち上がって屈伸をしてみても、足は何事もなかったかのように動く。 恐る恐る下腹部に触れてみても痛みはなく、 元々そうだったのではないか、何もされていないのではないかと錯覚してしまいそうになる。 一部に強烈な違和感はあるにはあり、そしてその違和感の元を見て確かめるだけの勇気は祈にはないのだが、 それ以外は全く問題ないようで、動くことに支障はなさそうに思えた。 完璧な仕事だと言えた。それが本当に拍子抜けするほどの短時間であっさり終わったのだった。 品岡の術者としての腕は本物であり、その術への誇りにかけて、 この性転換手術は完璧に仕上げられたことであろうことを祈は実感する。 その品岡を見やれば、祈へ施す術に余程気を遣ってくれたのか、その額には汗が浮かんでいた。 それを見て、多少の敬意を払うに値する相手であるのかも知れないなと、祈は品岡に対する認識を少し改める。 >「股ぐらは窮屈やないか?嬢ちゃんが履いとるのが伸縮性のあるスポーツショーツならよほど大丈夫やと思うが、 >背伸びしてシルクのパンツとか履いとるんだったらそこの阿呆にブリーフでも借りとき」 本当にこれさえなければもう少し素直に尊敬できるような気がするのに、と祈は心の中で呟き、溜息をつく。 祈の家は貧乏であるし、背伸びするだけの余裕はない。多少の窮屈感はあるがそれは我慢しようと心に決めた。 なんとなく答えるのが癪な気がして祈が黙っていると、品岡は続けた。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/216
217: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/01/29(日) 01:19:26.17 ID:DtYvpmWH >「右手出しぃ」 品岡に言われるがままに祈が右手を差し出すと、 品岡が取り出した紙片が蛇のごとく祈の腕に巻き付いて リストバンドのような形となり、切れ目すら見えなくなった。鮮やかな手並みである。 >「そいつはワシの妖術を嬢ちゃんの身体に繋ぎ止める呪符や。それを破ればすぐに術が切れて元の嬢ちゃんに戻る。 >戦闘中に切れんよう多少頑丈に作ってあるけど、妖力込めて引っ張ればブチっといくはずや。 >ま、保険やな。ホントは金とるモンやけどサービスっちゅうことにしといたる」 格好をつけて、踵を返す品岡。そして、 >「はぁーしんど。慣れんことするもんやないな、ワシちょっとヤニの補給に行ってくる。 >ああ嬢ちゃん、下半身のバランス変わっとるから今のうちに慣らしとき。ほな」 煙草を吸うために事務所の扉へと歩き始めて、その背はゆっくり遠くなっていく。 今を逃せば言いづらくなる。言うなら今しかないと、祈は声を張った。 「……あの、ありがと! お礼と言っちゃなんだけど、今度お菓子差し入れてやるよ!」 聞こえているのかいないのか、事務所を出てタバコを吸いに行ってしまう品岡と入れ違いになるようにして、 尾弐が洗面所から戻って来た。 はだけていた喪服の前ボタンが留められているのは、これから漂白に向かうにあたり、 気を引き締めてきたと言う所であろうかと祈は推察する。 >「那須野の方は終わったか? もし終わったんなら、お前さん達にこれを渡してぇんだがよ」 その手に握られているのは3つの封筒。 急にお年玉や辞表でも出してくる訳でなし、一体なんだろうと怪訝な目を向ける祈。 尾弐はそれらを、ここにいない品岡以外の三人へと差し出し、祈はそれを反射的に受け取る。 >「そいつは魔除けのお護りだ。今日はたまたま持ち歩いててな。 >中身は鬼切安綱とまではいかねぇが、正真正銘『悪鬼』を切った破魔の刃物だ。 悪鬼を切った破魔の刃物。その言葉のイメージで、 祈はそれを大層なお宝だと思った。そして「えっ、そんなの借りちゃっていいの? 国宝とかじゃ」 と言いかけて、かといって返すこともできないことに気付き、その言葉の続きを飲み込む。 尾弐の気持ちを無駄にするわけにもいかないし、これを祈が受け取らないことは死に直結するのだから。 「ううん。ありがと、借りておくね」 飲み込んだ言葉の代わりにそう言って、封筒を上着のポケットにしまい込んだ。 他のブリーチャーズの面々も封筒を手にし、戻ってきた品岡が封筒を手に出来なかったのを嘆いているのを見た後、 あとは品岡の言う通りに準備体操でもして体を慣らしておくべきかと、 祈が二、三歩ほど尾弐から離れ、体をひねった所で。橘音がそっと尾弐に近付くのが目に入る。 更につま先立ちで背を伸ばして、何事か耳元で囁いたのを目撃する。 >好きですよ」 ふと耳に入った言葉の断片は、そんな音をしていた。 正確には、聞こえた訳ではない。橘音の狐面は上半分を隠しており、口元は見えるようになっている。 その口元の動きを見て、断片的に聞こえた音と繋ぎ合わせて、なんとなくそう言ったのだろうと判断したのだった。 その時の祈は、ふーん、橘音は尾弐のおっさんのこと気に入ってるんだな、としか思わなかった。 >「……さて。じゃ、ボクの用件がまだ終わっていませんので……最後にそれをやっていきましょう」 橘音がブリーチャーズの全員の顔をぐるりと見回して、 >「ムジナさんの術による『擬』、クロオさんの破魔の刃物による『護』。コトリバコ対策は、これでふたつ」 >「これ以上の対策は、はっきり言って蛇足でしょう。ボクも護符の類を考えましたが、クロオさんの刃物に勝るものは作れません」 >「それに何をしたところで無駄なときは無駄ですから。やられるときはやられます、なので『もうこれはアカン』と思ったら――」 >「皆さん、踊ってください」 そしてこんなことを言い放ったのだった。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/217
218: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/01/29(日) 01:25:47.19 ID:DtYvpmWH 禹歩(うほ。なんとなくノエルが好きそうな言葉の響きだと祈は思う)、 とかいうダンスにどれ程の意味があるのかは、正直なところ祈には分からない。 だが本当にどうしようもなくなった時に役に立つのだと言うし、 この緊急事態にふざける橘音ではないので、とりあえず素直に覚えておくことにしたのだった。 体育の授業でダンスを習っている祈としては覚えるのに大した苦労はなかったし、 慣れぬ下半身の感覚を慣らすだけの時間にもなったのだが、とかくそれを全員が覚えるのに要した時間。 そしてテレビが映すコトリバコが暴れる現場、稲城市の某商店街へと辿り着くまでの時間は、 非常に焦れたものになった。 アベンジャー○じゃねーか。そう橘音の掛け声にはしっかりとツッコミを入れて事務所を後にしたものの、 早く行かねばと気は焦る。 消防署の人達だって、通報があってもすぐ現場には赴かず、 まずはどのように動くかなどしっかり話し合ってから動くのだとテレビで言っていたし、 橘音は事件があってからすぐにそれを妖怪の仕業だと見抜き、ミーティングをしてすぐに動いた。 これが最善の、最速のやり方だった筈だと信じても。 目の前に広がる惨状はどうしても、もう少し早ければなんとかなったのではという後悔にも似た気持ちを祈に思わせる。 血に塗れた女性の遺体。それを蘇生しようとする救急隊員。群がる野次馬達。 騒然とする事件現場を、手馴れた様子で掻き分けてすいすい歩く橘音の後に付いて行きながら、 やりきれない思いを抱えざるを得ない。 だが今は悔やんでいる時ではない。そう被りを振って、祈は気持ちを理性で追い越していく。 橘音率いるプチ続く百鬼夜行は、やがて立ち入り禁止と書かれた黄色のテープの前で制止を求められるが、 立ち塞がるその警察官も、橘音の声を聴き目を見てしまえば道を開けた。 バリケードテープの内側へと侵入する奇妙な面々に向く野次馬の目を避ける為、 祈はパーカーのフードを被って顔を隠した。スマホを向けられて写真を撮られ、それがネット上にアップされたりすれば、 同級生や先生などに見つかって厄介なことになる。そんな事態を恐れた為だった。 そうしてバリケードテープを潜ってその境界の内側に入ると、 妖怪としての感覚やセンサーに欠ける祈でも、流石に空気が変わったのが分かる。 首筋に走る、悪寒めいたぞわぞわした感覚。 血の臭いも濃くなり、ここにコトリバコがいることは間違いないと、ここは危険だと五感が告げている。 >「この『残り香』から察するに……コトリバコはまずこの近辺に現れ、あちらへ向かったようですね」 橘音も同様に――と言っても祈などよりも遥かに優れた感覚でそれを察知しているだろう――、 それを感じているようで、そんなことを言う。 女性たちが作った血の跡を追い、橘音の指示に従って5分ほど歩いた頃だろうか。 何かの影が祈の視界の端をよぎった。 祈は警戒して構えるが、そのふらついた影が人間の姿をしていたことで、祈は警戒を弱めた。 視界をよぎったのは、薬局から姿を現した影は女性だった。下腹部は血に染まっているが、まだかろうじて生きている。 >「た……、た、助けて……。助けて……ください……」 か細い声を絞り出して、女性は助けを求める。 良かった、まだ生きている人がいたんだ。祈は希望を見て、駆け出した。 もしかすれば尾弐に授けられたこの封筒を押し当てれば、 コトリバコから受けた呪詛を弾き返すことができ、生存の可能性があるのやもしれない。 そんなことを思ってのことだった。しかし、 >「……この妖気!皆さん、来ますよ!」 橘音の鋭い言葉に、祈の足が止まる。 間髪入れず、女性が大量の血を吐き出し、絶叫。 >「あ……あ……、ああああああああ……!ひっ、ひぎっ……あぁ、ぎ……ぎゃあああああああああ―――ッ!!!」 その女性の足元に転がる小箱を、祈は見た。 遅かったのだ。もう既にこの女性は、コトリバコの呪詛をどうしようもないくらいに受けていて――。 顔に爪を立て、頭を掻きむしり、やがて腹を破裂させて。 我が身に降りかかった苦痛を全身で余すことなく表現した後、彼女は絶命する。 助けることができなかった。伸ばしかけた手を祈は握りしめて、歯噛みする。 しかし、己の無力を嘆いている暇など有りはしないのだろう。 女性の死体の傍らに転がる直径10センチにも満たない小さな箱、 コトリバコは自ら展開し、その中身を露わにし始めた。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/218
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