[過去ログ] 【WHITE ALBUM2】冬馬かずさスレ 砂糖57杯目 [転載禁止]©bbspink.com (505レス)
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398: 2015/10/18(日)02:05 ID:UdVJQFym0(1/8) AAS
『冬馬かずさ、急死

 2月14日、ピアニストの冬馬かずさ(28)が現在活動拠点としているウィーンの病院で亡くなった。
 1月末に行われた野外コンサート期間中に演奏を行ったことで体調を崩し、その後の活動の強行で肺炎を引き起こし、入院時には既に手術や投薬治療も間に合わない程弱っていたという。
 彼女の所属する冬馬曜子オフィスでは、故人の葬儀をウィーンで行った後、遺骨を日本に送り、社長である故人の母冬馬曜子が引き取る流れになっているという。
 冬馬かずさがウィーンでの活動を始めたのは……』

「申し訳ありません!」

 北原春希がソファーにも腰掛けず、床に這いつくばるようにして深々と土下座を繰り返した。そんな春希を工藤美代子は向かいのソファーの後ろでただオロオロと見詰めているだけだった。

「あなたの責任じゃないわよ……春希君」
省25
399: 2015/10/18(日)02:10 ID:UdVJQFym0(2/8) AAS
 日本を飛び出して、あの日から何も変わっていない。

11年前のあの日から変わらぬこの部屋。大きく変わる事のなかった部屋。変わる事の出来なかった部屋。
 そう、11年たって尚、俺達は二人だった。別に避妊をしていた訳じゃない。寧ろ、毎日のように何も考えずにお互いの体を求めあった。貪り合い愛し合った。
 だが、それでもかずさが妊娠した回数はたった3回。その全ても流産という最悪の結果で終わった。

 神に、咎人に祝福は与えないと頬を殴られたような気がした。罪人は罪人同士で、何も残せず死ねばいいと告げられた気がした。
 神を憎んだ事もある。恨んだこともある。だが、それに意味などないと何度も実感した。

流産の度に慟哭の声を上げるかずさ。かずさを抱きしめながらも俺もかずさに見られないように何度も涙を流した。

 そして、三度目の流産と同時に曜子さんの訃報が知らされた。懸命の治療に関わらず、帰らぬ人となった。
400: 2015/10/18(日)02:11 ID:UdVJQFym0(3/8) AAS
「あ゛ぁ”あ゛」

 分かっている。そんな事分かりきっている。
 あぁ、そうだ。かずさは死んだんだ。

 曜子さんと同じ病。ただ、それと同時に風邪を患ってしまってそれが災いした。ただの風邪だったモノが数日もしない内に肺炎となり、そしてあっけなく命を奪ってしまった。
 たった数日前まで元気にピアノを弾いていたかずさ。こちらが呆れる程に俺に甘えてきたかずさ。窘めるぐらいに甘いモノを口に頬張っていたかずさ。

 だっていうのに、たった数日で帰らぬものとなってしまった。

 今でも、かずさが傍にいない事が信じられない。探せばどこかにいると思ってしまう俺がいる。
 だけど、葬儀の準備をしたのも、棺に納められ埋められたかずさの事も俺は覚えている。俺は、覚えているっ!
401: 2015/10/18(日)02:14 ID:UdVJQFym0(4/8) AAS
「パパっ!」

 俺とかずさの家が見えなくなって雪菜を振り切るように歩きかけたその時に、その声は聞こえた。

 同時に、胸元へとドンっとぶつかる音と衝撃。

「パパッ!」

 おいおい、俺がパパって。俺は、神様に親になる事が許されなかった人間だっていうのに。
省15
402: 2015/10/18(日)02:18 ID:UdVJQFym0(5/8) AAS
 体から力が抜けて音を立てて、地面に膝がついた。

 俺は、俺には、かずさとの愛さえ貫けては、いけないというのかっ!

「あ゛ぁ”あ゛あああああああああああ—————————————————」

 雪は降り続けている。
 辛い事、哀しい事。そして、見たくもない真実を覆い隠してくれようとしている。

 ただ白く、綺麗なだけの世界を目の前に広げ、俺達をそこに置き去りにしようとしている。
省6
421: 2015/10/18(日)22:56 ID:UdVJQFym0(6/8) AAS
春希 「驚いたなぁ。かずさにそんな人がいたなんて」
曜子 「…あまり動揺してくれないのね」
かずさ 「こういう男だ。春希は」
春希 「いやいや。驚いていますよ。あんなに曜子さんに仕事漬けにされていた上に、俺たちと会ったときもそんな浮いた様子一つもありませんでしたから」
かずさ 「そんなの隠していたに決まってるじゃないか」
春希 「そりゃ、自分みたいなマスコミの記者に話すなんて日本全国に広めてくださいって言っているみたいなものだしな。
   でも、祝福してくれる人もたくさんいると思うぞ。俺もそうだし」
かずさ 「そういう意味じゃない。ったく」
春希「?」
曜子 「…まあ、いいわ。ともかく、かずさが選んだ事だし。私みたいな趣味の悪い女がとやかく言える話じゃないわね」
省46
424: 2015/10/18(日)23:38 ID:UdVJQFym0(7/8) AAS
5/10(月)冬馬宅地下練習スタジオにて
 フランツ・リスト作曲、詩的で宗教的な調べより第10曲…Cantique d'amour『愛の賛歌』
 
 かずさはそれを奏でたつもりだった。しかし…
 奏で終わった途端に押しつぶされそうな罪悪感が彼女を襲った。罪悪感に重みがあったなら彼女の身体は鍵盤に叩きつけられて二度と起き上がることはなかっただろう。
 
 ぱん、ぱん、ぱん…
 練習スタジオ入口から曜子が拍手をしつつ入ってくる。その表情は笑顔に満ちていた。
「素晴らしい出来じゃない、かずさ。こんな演奏、わたしには逆立ちしてもできっこないわよ」
 母親の言葉には痛烈な皮肉が混じっていた。
省33
426: 2015/10/18(日)23:54 ID:UdVJQFym0(8/8) AAS
5/12(水)複合文化施設「Kaikomura」1階レストラン「コクーン」にて

 からり、から…  からり、から…
 
 コーヒーシュガーが空しい音を立て、黒褐色の液体の中に埋没していく。
 その数が5杯目にさしかかったが、同席している誰も彼女—売り出し中の若手女性ピアニスト、冬馬かずさ—の糖分過剰摂取に気付きすらしなかった。
 
 目の前では、彼女のマネージャーがクライアントとの打ち合わせのまとめにかかっている。かずさはそれを他人事のように眺めていた。
 
 同じ建物の3階にあるコンサートホールの下見が済んだ時点でかずさの本日の仕事は終わったようなものであった。
 あとのこまごまとした打ち合わせ事項はいつもどおり全てマネージャー任せであり、かずさ本人にはそういった仕事上のすり合わせを行う能力も意思も全くなかった。
省31
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