[過去ログ] 日本びいきの外人を見るとなんか和むpart193 (1001レス)
上下前次1-新
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
次スレ検索 歴削→次スレ 栞削→次スレ 過去ログメニュー
195: 例えばこんな日本びいき 34 2012/05/11(金)21:57 ID:TghvLJBr(2/5) AAS
ちなみに、この後、国力を急速に向上させた日本でしたが、それでも明治三十八年の、
日露戦争当時ですら、日本の国家予算は二億五千万円、常備軍も20万人規模でしか
なかった。よくこの戦争で日本が勝てたものです。
話を戻します。
「万が一にも、ニコライ皇太子の機嫌を損ねるようなことがあってはならない」
日本政府は、接待役に外交通の皇族、有栖川宮威仁親王をつけるなどニコライの歓待に
万全の準備を整えます。
ニコライは、5月4日に長崎に上陸。翌日から、何度もお忍びで下船。
従兄弟であるギリシアのゲルギオス王子とともに観光を楽しみました。
このとき、長崎市内より彫師を呼び寄せ、右腕に和彫りの「昇り竜」の刺青を
ほどこしたといいます
鹿児島・神戸を経て、京都へ。
京都では、ロシア皇太子歓迎のため季節外れの五山送り火まで行われました。
この間、彼は、太刀、蒔絵の入った長角箱、鉄瓶、有田焼、七宝焼、竹杖、
茶箪笥、行李、煙草盆などなど、大喜びで日本の美術品・民芸品を買いあさりました。
この辺、現在の一般外国人観光客とあまり変わりません。
面白い所では、京都のホテルの畳を気に入り、30枚ほどを「バーミャチ・アゾーファ」に積み込ませたという話があります。
琵琶湖遊覧を楽しみ、京都に戻る際に大騒動が起こります。
警備についていた巡査、津田三蔵が、人力車で移動中のニコライに切りかかったのです。
後の世に言う、大津事件です。
上下前次1-新書関写板覧索設栞歴
あと 806 レスあります
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル
ぬこの手 ぬこTOP 0.028s