[過去ログ] 【日本史】GHQに焚書された書籍 (544レス)
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175(1): 2024/09/29(日)01:17 AAS
オランダ商館長クルティウスからの別段風説書でペリー来航を予告しオランダとの条約交渉を拒否ったのは海岸防禦御用掛のWikipediaに書いてあったの消されてなかった見つけた。>>74
「嘉永5年(1852年)、長崎に着任したオランダ商館長ドンケル・クルチウスは、別段風説書によりマシュー・ペリー率いるアメリカ東インド艦隊の来航を予告し、かつ砲艦外交に屈して開国するよりはオランダと平和的に通商条約を結ぶことを提案した。阿部は当時海防掛であった、松平近直、石河政平、川路聖謨、竹内保徳等に諮問したが、条約交渉には応じるべきではないとの回答を得ている。
嘉永6年(1853年)6月、オランダから予告されていた通り、フィルモア大統領の親書を携えたペリー艦隊が浦賀沖に来航(黒船来航)して浦賀奉行戸田氏栄らを通じて日本の開国と条約の締結を求めてきた。ペリー来航当時、時の将軍徳川家慶は死の床にあり、国家の一大事に際して執政をとるなど適わない状態であった。幕府は一旦は親書を受け取り、実際の交渉は翌年に行うという条件でペリーを退去させた。
阿部は川路聖謨と松平近直以外の海防掛を順次外し、幕臣から堀利煕、岩瀬忠震、永井尚志、大久保忠寛を抜擢した。この人事により、海防掛は諮問機関から行政機関へと変貌し、また開国の準備が整った。幕臣からは水野忠徳、土岐頼旨(再任)、筒井政憲、井上清直等も海防掛に任官している。韮山代官であった江川英龍も加わった。」
海岸防禦御用掛
外部リンク:ja.m.wikipedia.org
177: 2024/09/29(日)02:02 AAS
>>175
「このような諸大名・諸藩の藩士をもおおいに幕政に参画させた政治手法は、結果として諸大名や朝廷が中央政治に進出する足がかりをつくることとなったといわれ、幕藩体制の崩壊の呼び水になったともいわれている。
なお、阿部から抜擢された岩瀬忠震、井上清直、永井尚志、水野忠徳、堀利熙の5人(安政五賊)は、安政5年(1858年)の夏に、アメリカ・イギリス・フランス・ロシア・オランダによって恫喝され、安政五カ国条約を締結することになった。日米修好通商条約調印直後に海防掛は廃止され、5人は外国奉行に任じられた。」
岩瀬忠震のWikipediaには、「列強との折衝に尽力し、水野忠徳、小栗忠順と共に「幕末三俊」と顕彰された」とあって評価が正反対。
スムーズに条約締結してるからやっぱ恫喝あったのか。
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