[過去ログ] 【日本史】GHQに焚書された書籍 (544レス)
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106: 2024/09/20(金)20:28:05.41 AAS
p91第四十 江戸幕府の衰運
吉宗が職を辞め、田沼の弊政、松平定信寛政の治、文化文政の文芸の隆盛と人心の退廃、そして水越天保の改革という風に、幕府は一張一弛、次第に衰亡の兆しが現れるに至る事実と次第を知らせ、学習者の政治的統制の生活その他の文化生活上に資するところとあるようにさせる。
学習事項
(一)中興の政治ゆるむ
延享二年吉宗は職をやめ、子家重は三十五歳で将軍に任ぜられる。この時から吉宗は大御所として後見すること六年、宝暦元年に薨じた。家重の代は、吉宗中興の後を受けて、天下はよく治まった方だが、しかし家重は大の吃音で上意を伝えることができず、「言葉代」という大岡忠通とか、御側衆田沼意次などが重く用いられ、自然と権勢をほしいままにするようになっていた。
家重在職十六年、五十の賀を機会に長子家治に譲って翌年薨じた。
家治は成長して癇癪が強く、人を受け容れる度量を欠き、便侫の田沼意次を寵用して、明和四年側用人に進め、安永元年老中に登らせ、天明三年には意次の子意如を若年寄にした。ここにおいて田沼氏ひとりが威権をほしいままにしたので、諸役人は彼の鼻息を伺い、賄賂・饗応は未曾有の盛行を見、「近年最も少ないものは御上洛・社参・鹿狩・敵討ち・金を使わずになった役人」とまで言われ、幕政大いに乱れ、士風は崩れ、風俗は乱れて、吉宗中興の政も再び乱れ出した。
くわえると宝暦十一年三月、大風雨大洪水、同十二年若州台風、明和二年近畿大風雨、同三年江戸大洪水、四年七月尾州山津浪、六年八月江戸大風雨、山城大洪水、七年大干ばつ、八年大風雨、近畿大洪水、明和九年(迷惑年)二月江戸大火その他に大風雨、安永二・三・四年近畿大洪水、六年奥羽地方大洪水、大島の三原山噴火、八年機内・関東・北国大洪水、桜島噴火、天明三年のち数年の飢饉、特に関東・奥羽で甚だしく、天災地変しきりに至ったので、人心は恐々として世は甚だしく穏やかでなくなり、明和元年暮れには武州秩父郡の農民が神奈川へ集まって富豪を襲うことがあり、天明七年五月には大阪において町人が数十人暴動を起こし打こわしをやった。江戸でもこの月から同様のことをやって三日三夜にわたった。
石の巻・和歌山・郡山をはじめとして騒がないところがなかったという。当時の暴動は、米屋・酒屋・質屋などを打ちこわしたようである。
133: 2024/09/23(月)22:11:19.41 AAS
ヘレン・ケラーは幼少時母から「塙保己一を手本にしろ」と教育されてたの知らなかった
214: 2024/10/01(火)20:02:55.41 AAS
>>4
p1 高等小学国史新指導書 下巻
大松庄太郎 著
主題の四 「我が国近世」の学習(おおよそ四一時間)
ここで近世というのは、織田信長が名実ともに覇者となった天正元年(二二三三)から徳川慶喜が大政奉還をした慶応三年(二五二七)に至る間を指している。つまり安土桃山時代・江戸時代を総括していっている。
天下統一の要求が、武人をかつて出現した時代である。中央集権的封建政治の完成した時代である。従って朝廷との関係が複雑にならなければならない時代である。
文化の総括的考察からすれば、和魂漢才・善的追求の象徴を結ぶ時代でもあり、そこに国学は復興し、洋学が現れて新時代の出現を暗示した時代である。
こうして近世の内的発展が世界の大勢と交渉をもって最近世へ発展する次第と事実を学習して、生の構成をはからせようとするのである。
第三十三 国内の統一
省2
389: ブログ転載 2024/10/28(月)16:48:44.41 AAS
御国の医生、愛甲謙益の弟子某は、今回回天丸に乗り組み、船中の働きは始終の様子。小川方へ呼び寄せたとうかがいます。
敵の軍艦ならびに陸台場より、しきりに放発致します時は、長崎乗り組みの者どもは残らずデッキの下に逃げ隠れ、壱岐人も甲板上に出て働きます者は無く、船の総督山中又左衛門(調役上役ないし武館英学館係)は、放発を始めますと直ちに船底に逃げ込み、動くことができませんとのことです。
芝精一はよく船を運用致し、ロシア人も称誉致したとのことです。回天丸は大船である。
この時入り込み、放発致しますならば、必条敵船を沈めるに違いない所、残念に思いますと言う。
同人はあまりに見かねて一、二発は手伝い打ち出しましたとの事。
皆々水底に逃げ入りますので、この医生は水底に入り罵り励ましましたから、剣客の先生は憤激いたし甲板の上に出ましたのを、直ちに敵の放弾で觸腰を打ち貫き、同人は生きることができないことを悟りましたのか指添〔※短刀〕を抜き自殺致しましたとのことです。このために一端甲板に出ました面々は再度船底に逃げ入りましたとの事。(八月四日)
501: ブログ転載 2024/11/19(火)18:52:38.41 AAS
p332
(2)指導要領
我が国が明治時代の連続として世界的舞台に立って、重きをなすに至った次第や事実を、少し詳細に取り扱った方がよいと思う。どうしてかというとこの教材は大正時代の代表的なものであり、明治の時代をうけて、今日に投影している重要な場面だからである。
「大正時代に入って、我が国がどの程度に世界的発展をしたか」ということが中心の問題になるであろう。
序を求めて外国史の取り扱いを加え、我が国と比較し、かつ我が国との関係に汲んでおく方がよい。
こうして我が国の国際的発展を認感させると共に、国家の前途はいよいよ複雑となり、責任も日に加わって行くことから、将来の覚悟を暗示しなければならない。
国際的国家の文化発展を展望しながら、この複雑な世局を切り拓いて進んでいこうとする国民の見識と意思とを養うのである。
地図も必要であるが、挿入地図は不完全であるから、地理の方と連絡して、条約国などをまとめておいた方がよい。
514: 2024/11/21(木)23:24:48.41 AAS
謁見(えっけん)の「えつ」
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