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(マルハン)パチンコ代欲しさの犯罪4(神田うの) (408レス)
(マルハン)パチンコ代欲しさの犯罪4(神田うの) http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/
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86: やめる誓い破り店通いa [] 2010/05/29(土) 01:44:44 ID:JB93sSrv 沖縄/ [依存症回復への扉・キャンブル編](34)8年の歩み(上)やめる誓い破り店通い マンション2戸分使った 2010年5月17日 ギャンブル依存からの回復を目指す自助グループ「GA」(ギャンブラーズ・アノニマス)。 メンバーの自営業シュウイチさん(59)=読谷村、仮名=は、ギャンブルをやめて8年になる。 現メンバーの中で最長期間。皆が目標にしている存在だ。 「ギャンブルに使ったお金でマンション2戸分は買えただろう」。 大きな代償は払ったが、ギャンブルをやめたことで、一番大切な家族を失わずにすんだ。 ■ ■ 最初のギャンブル体験は、中学1年生のころ。軍雇用員だった、10歳年の離れた姉が米軍基地内の カーニバルに連れて行ってくれた。1セントコインを10枚もらってスロットマシンをやった。 少しだけ勝った。その気持ち良さを今も覚えている。成人になったころには、その姉に呼ばれ、 賭けポーカーゲームに興じるようになった。 ギャンブルに対する抵抗感はなく、その後も、マージャン、パチンコと手を広げた。 そして行き着いたのがパチスロ(パチンコ店に設置されているスロットマシン)だった。 勝敗結果が早く出るのが魅力だった。そのうち、寝ても覚めてもスロットのことが頭から離れなくなった。 妻に言われて子どもの相手をしていても、上の空。「あの台取られていないかな」。 気になって、一刻も早くパチンコ店に行きたい。家のことは早々に済ませて駆け付けた。 パチンコ店にいる間は自分だけの楽しい時間。 やがて、どうにかして「勝ってもうけたい」という気持ちが強くなっていった。 自分は?プロ?という意識で人の流れを見て、台を慎重に選んだ。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/86
87: やめる誓い破り店通いb [] 2010/05/29(土) 01:45:28 ID:JB93sSrv 生来、正直な性格だが、平気でうそをつくようになった。家に入れる給料をごまかしたり、 会社に行くと言ってパチンコ店に出かけた。 ■ ■ やがて資金が底をつき、消費者金融に手を出した。最初の借金は240万円。 請求書が自宅に届き、妻のマサミさん=仮名=の知るところとなった。 マサミさんはショックを受けたが、「返さないと利子が殖えてしまう」という恐れから、貯金をはたいて借金を返済した。 その時は「すまない、ギャンブルはもうやめる」と思うシュウイチさんだったが、すぐに忘れ、 3カ月と待たずにパチンコ店通いを始めた。 会社の閉鎖で49歳で失業してからも、シュウイチさんのギャンブルは止まらなかった。 夫婦の間にけんかは絶えず、マサミさんが離婚を迫ったことも一度ではない。 約8年前、再び、消費者金融からの借金が発覚。 八方ふさがりになったマサミさんは行政の相談機関に駆け込み、当時発足間もなかったGAのことを知り、参加するようになった。 このマサミさんの行動力とGAとの出合いが、シュウイチさんがギャンブル依存から回復する大きなきっかけになったのだった。 (学芸部・高崎園子) https://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-05-17_6543/ http://megalodon.jp/2010-0522-0543-01/https://www.okinawatimes.co.jp:443/article/2010-05-17_6543/ http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/87
88: 家族一緒に問題に対応a [] 2010/05/29(土) 01:46:08 ID:JB93sSrv 沖縄/ [依存症回復への扉・キャンブル編](35)8年の歩み(下)家族一緒に問題に対応 2010年5月18日 パチスロがやめられないシュウイチさん(59)=読谷村、仮名。妻のマサミさん(56)=仮名=は、 借金を増やし続ける夫を何とかしようと、ギャンブル依存からの回復を 目指す自助グループ「GA」(ギャンブラーズ・アノニマス)に通い始めた。 読谷村から那覇市まで毎週、休むことなく通い続けた。 そんなある時、消費者金融の取り立て屋が初めて、自宅にやって来た。「あなたの借金だから、あなたが対応して」。 マサミさんはGAで「家族が尻ぬぐいしてはいけない」ことを学んでいた。 取り立て屋に対峙(たいじ)せざるを得なくなったシュウイチさんは、初めて「おれはここまで成り下がったのか」 という「底つき」を感じ、自分自身への怒りがわいた。 そして、GAの会場となっていた心療内科を子供たちも一緒に受診、 医師から「あなたはギャンブル依存症(病的ギャンブリング)です」と宣告された。 それから、GA通いを柱にした、夫婦二人三脚の、ギャンブル依存からの回復への挑戦が始まった。 ■ ■ GAのミーティングは、自分の体験を語り、仲間の話を聞くというシンプルなもの。 言いっぱなしの聞きっぱなしがルール。 しかし、仲間が鏡となり、ギャンブルに病的にのめり込んでいた自分の姿に気づく。 そして、人生を?棚卸し?し、自分の心の問題の在りかを見つけていくのだ。 シュウイチさんの父親は、宗教の戒律から、酒やたばこを一切やらない、まじめな人だった。 あれをやってはだめ、これはだめと子供たちを規制した。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/88
89: 家族一緒に問題に対応b [] 2010/05/29(土) 04:49:22 ID:JB93sSrv いつも父親の顔色をうかがい、気に入られる「いい子」を演じていた自分。 「過度に厳格な父親への反発心が、自分をギャンブルに向かわせたのではないか」。 これまで決して批判することのなかった父親との関係も、客観的に語れるようになった。 ■ ■ GAに通いながらギャンブルをやめて8年。その間一度も手を出していない。 今もグループに通い続けるのは「一生治らない病気。今は止まっている状態にすぎない」という思いがあるから。 GAの出入りは激しい。1回で来なくなったり、数カ月後に姿を消してしまう当事者、家族が多い。 「心の問題だから、回復には時間がかかる。 本人だけでなく、家族も一緒に通い続けることが大切」。 経験を通して分かったことを、仲間に伝えていきたいと思っている。 (学芸部・高崎園子) http://www.okinawatimes.co.jp/article/20100518_6582/ http://megalodon.jp/2010-0522-0543-22/www.okinawatimes.co.jp/article/20100518_6582/ 父親は、宗教の戒律から、酒やたばこを一切やらない、まじめな人だった。 あれをやってはだめ、これはだめと子供たちを規制した。 いつも父親の顔色をうかがい、気に入られる「いい子」を演じていた自分。 「過度に厳格な父親への反発心が、自分をギャンブルに向かわせたのではないか」。 これまで決して批判することのなかった父親との関係も、客観的に語れるようになった。 医師から「あなたはギャンブル依存症(病的ギャンブリング)です」と宣告された。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/89
90: 仲間がいるから(上)憂さ晴らしが深みに a [] 2010/05/29(土) 04:50:19 ID:JB93sSrv 沖縄/ [依存症回復への扉・キャンブル編](36)仲間がいるから(上)憂さ晴らしが深みに 「店に金運ぶネズミのよう」 2010年5月19日 重くなっていく仕事上の責任、人とのコミュニケーションの難しさ―。 そんなストレスやプレッシャーからの逃げ場がギャンブルだった。 勝った時の幸福感と優越感に酔った。 やがて借金が雪だるま式に膨らんで、にっちもさっちもいかなくなった。 「パチンコ店にお金を運ぶハツカネズミみたいだった」。 今は、あのころの自分を冷静に見られる。 本島中部に住む会社員ヨシオさん(53)=仮名。3年半前、ギャンブル依存からの回復を目指す当事者や 家族でつくる自助グループ「GA」(ギャンブラーズ・アノニマス)につながった。 グループに参加しながらもパチンコ店に通う日々を経て、ギャンブルをやめ続けて1年7カ月になる。 ■ ■ パチンコを知ったのは、本土の大学に通っていたころ。アルバイト代が入った時に駅前の店で遊ぶ程度だった。 30歳すぎ、仕事の憂さ晴らしに、パチスロ(パチンコ店に設置されているスロットマシン)をするようになった。 スロットは当たればもうけが大きい。 最初のうちは、年間の収支でプラスを出した。遊びながら稼げる。「これはいい」とはまった。 一時期は「これで飯が食えるんじゃないか」と自分の力に自信を持ったこともある。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/90
91: 仲間がいるから(上)憂さ晴らしが深みにb [] 2010/05/29(土) 04:51:03 ID:JB93sSrv しかし、収支はやがて確実にマイナスになっていった。負けは、月20万円になり、年250万円になり、 5年経つと1000万円以上になった。 やめようと何度も思った。しかし「ここでやめたら借金しか残らない。勝ち逃げしてやめればいいじゃないか。 パチンコで負けた金はパチンコで取り返さなければ」と、今思えば、おかしな理屈で深みにはまっていった。 家庭では、子供の進学など、重要な問題に直面する時期だったが、妻に任せっきりにした。 ■ ■ 今日は行くのをやめようと思っても、パチンコ店に足が向いてしまう。コントロールできない自分。 「どこかおかしいのじゃないか」と思った。 ギャンブル依存のことは知っていた。インターネットなどで調べ、GAの存在を知った。 県中部福祉保健所で週1回開かれているミーティングに参加してみることにした。 最初は素直に、自分のギャンブル体験を話すことも、仲間の話を聞くこともできなかった。 何年もやめているという仲間を「やめているなんてうそだ。本当はパチンコ店に行っているに違いない」と疑った。 ミーティングの日以外は、パチンコ店に通う日々が続いた。(学芸部・高崎園子) http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-05-19_6587 http://megalodon.jp/2010-0522-0544-49/www.okinawatimes.co.jp/article/2010-05-19_6587 ★沖縄本島中部(沖縄市、北谷、コザ)の男性(53)「パチスロで5年間に1000万以上負けた」★ http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/91
92: 56歳男性のケース /熊本a [] 2010/05/29(土) 04:51:54 ID:JB93sSrv 2010年5月27日 ギャンブル依存症:苦悩する人たち/上 56歳男性のケース /熊本 ◇自暴自棄で借金地獄 熊本市の男性(56)は約5年前に自己破産した。 消費者金融やヤミ金融などから約1500万円の借金を重ねていた。 それまで家族に負担を頼んだ総額は数千万円。反省しない様子に5回以上も息子から殴られた。 男性を借金地獄に追い込んだのはパチンコだった。 短大を出て車販売会社に就職した。 営業で外回り中「時間をつぶそう」と軽い気持ちでパチンコ店に入ったのが始まり。 無我夢中で気付けば初任給5万円の半分以上をつぎ込んでいた。 負ければ「どう暮らしていけばいいだろうか」と落ち込んだ。 しばらくパチンコからは遠ざかったが酒や女性におぼれた。 20代半ばで借金は百数十万円になり、母に肩代わりしてもらった。29歳で妻と離婚した。 「どうでもいいや」。 自暴自棄になって、パチンコも再開した。初めは1回5000〜1万円で、月に2〜3回のペース。 消費者金融への毎月の返済はできていた。 徐々にエスカレートし1回で5、6万円をつぎ込み、月50万円使ったことも。 9万円を元手に10万円にすると実際のもうけは1万円なのに「10万円勝った」と思い込んでしまう。 翌日6万円負けても「まだ勝っている」と思った。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/92
93: 56歳男性のケース /熊本b [] 2010/05/29(土) 04:52:36 ID:JB93sSrv 05年2月、再び母からヤミ金への借金80万円を肩代わりしてもらう。 パチンコが原因で1カ月後、再び同じ業者から100万円を借りた。 家から逃げ出し、自殺を考えながら4カ月の車上生活をした。 公園で子供を連れて歩いている親の姿が目に入った。 「借金をしていなかったらこんな生活があったのか」。我が身を振り返った。 実家に帰り自己破産の手続きを取った。兄に勧められ菊陽病院(菊陽町)に入院した。 病院に行く前は反発もしたが「ギャンブル依存症」と聞いて「病気だったのか」と妙に安心した。 院内の自助グループに参加し、同じ問題を抱えている人たちと話し合う中で、 自分が大切にしてもらっていたのに周りの人を傷つけてばかりだったことに気付いた。 現在は毎日のように各地の自助グループで語り合う。昨年は全国の自助グループが集まる大会で司会を務めた。 「ただギャンブルをやめるだけでは苦しい。成長していきたい」と、新たな道を歩き始めている。 ◇ ◇ ギャンブル依存症はWHO(世界保健機関)も認定している精神疾患で、患者は県内だけでも1万人以上いると言われる。 一方で十分な理解が進んでおらず「意志が弱い」などと厳しい目を向けられることも多い。 患者や家族、専門家の話からギャンブル依存症にどう向き合うべきなのか探った。【遠山和宏】 毎日新聞 2010年5月27日 地方版 http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20100527ddlk43040525000c.html http://megalodon.jp/2010-0528-1125-16/mainichi.jp/area/kumamoto/news/20100527ddlk43040525000c.html http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/93
94: 56歳男性のケース /熊本c [] 2010/05/29(土) 04:53:18 ID:JB93sSrv 熊本市の男性(56)は約5年前に自己破産した。 消費者金融やヤミ金融などから約1500万円の借金を重ねていた。 それまで家族に負担を頼んだ総額は数千万円。 反省しない様子に5回以上も息子から殴られた。男性を借金地獄に追い込んだのはパチンコだった。 自己破産の手続きを取った。兄に勧められ菊陽病院(菊陽町)に入院した。 ■ギャンブル依存症はWHO(世界保健機関)も認定している精神疾患で、患者は県内だけでも1万人以上いる■ http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/94
95: 三連単7−4−3 [] 2010/05/29(土) 04:54:13 ID:JB93sSrv 2010年5月26日 セミナー:ギャンブル依存症、人に応じた支援を−−横浜 /神奈川 ギャンブル依存症などの問題を考えるセミナー「ギャンブリング問題への介入について学ぶ」が26日、 男女共同参画センター横浜(横浜市戸塚区)であった。 医療や福祉、債務問題関係者など約30人が参加し熱心に聴き入った。 パチンコ依存問題の相談機関「リカバリーサポート・ネットワーク」(西村直之代表理事)が主催。 横浜市では08年から毎年開催している。 西村代表理事がギャンブルを巡る問題の概要を説明後、同市瀬谷区のギャンブル依存症回復施設「ワンデーポート」の 中村努施設長が活動内容や現状を報告。 「ギャンブルにはまる人の事情はさまざま。背景に子どものころのいじめや発達障害などもあり、 人に応じた支援が必要」と話した。 また、同施設理事の稲村厚司法書士が多重債務問題の観点から講義した。 パチンコによる借金問題に苦しみ、回復施設に通った50代女性が体験談を語り、参加者からは 「施設に通ってから、自分にどういう変化があったか」などの質問が出た。 リカバリーサポート・ネットワーク(0★50・3541・6420)は平日午前10時〜午後4時に相談を、 ワンデーポート(0★45・303・2621)は平日午後、家族からの相談や入所の問い合わせを受け付ける。 【松倉佑輔】毎日新聞 2010年5月27日 地方版 http://mainichi.jp/area/kanagawa/news/20100527ddlk14040253000c.html http://megalodon.jp/2010-0528-1125-43/mainichi.jp/area/kanagawa/news/20100527ddlk14040253000c.html (★を外して) パチンコ依存問題の相談機関「リカバリーサポート・ネットワーク」(西村直之代表理事) ギャンブル依存症回復施設「ワンデーポート」中村努施設長 ■「ギャンブルにはまる人の事情はさまざま。背景に子どものころのいじめや発達障害などもあり、人に応じた支援が必要」■ http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/95
96: ギャンブル依存症 ある主婦の裁判から上a [] 2010/05/29(土) 04:55:08 ID:JB93sSrv ギャンブル依存症 ある主婦の裁判から上 2010年05月26日 「心の底からワクワクする。パチンコ台に座るだけで、酔っている感じがした」 18日から4日間にわたって秋田地裁であった裁判員裁判。生後11カ月の長男を車内に約3時間放置して 死亡させた保護責任者遺棄致死の罪に問われた無職堀淳子被告(32)=にかほ市象潟町=は、 パチンコにのめり込んでいった心境を、そう振り返った。 公判では、ギャンブル依存症という言葉が何度も出てきた。弁護側は「病的賭博」という表現で主張。 被告は主婦業よりもパチンコを優先し、やめようと思っても自分の意思ではどうにもならない状態で、 適切な治療が必要だとして執行猶予を求めた。判決は被告をギャンブル依存症と認めたものの、 「刑を猶予すべき事情ではない」として、2年6カ月の実刑を言い渡した。 判決後、記者会見に応じた裁判員はギャンブル依存症について「初めて知った」「報道で聞いてはいたが、 右から左に抜けるだけだった」などと感想を口にした。 ● ● 「アルコールや薬物依存に比べ認識されていないが、ギャンブル依存症は病気だ」。 北海道立精神保健福祉センターの田辺等所長は訴える。 ギャンブル依存症は、パチンコやパチスロなどをいったん始めるとやめられず、やりたい気持ちを 抑えられない症状が特徴だ。アルコールや薬物への依存とも共通する精神状態とみられている。 同センターへの年間の相談のうち全体の2割、約40〜50件がギャンブル依存に関するものだ。 バブル崩壊以降、男性の相談が増え始め、最近は女性が目立つ。その背景に、ギャンブルがレジャー化し、 倫理的な抵抗感が薄まったこと、カードで気軽に借金できるようになったことがあるとみている。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/96
97: ギャンブル依存症 ある主婦の裁判から上b [] 2010/05/29(土) 04:56:05 ID:JB93sSrv 田辺所長は、ギャンブル依存症は全国的に増えているという。 国内の患者数は推測値で人口の2%前後の150万人から200万人。 「個人の意志の弱さのせいにせず、治療すべき病気だという認識が広まることが問題解決の第一歩」と語る。 薬物やアルコール依存症患者らが更生を目指して共同で暮らす民間更生施設「秋田ダルク」(大仙市協和)にも、 ギャンブルに関する相談は増えている。 一度でも大当たりを経験すると「次も勝てるのでは」とのめり込んでいく。 負けていても、大当たりを出すまで帰れず、自分を制御できなくなる。 自身、薬物依存と闘った平原薫代表は「人間は何かに依存していないと生きていけない。 家族や仕事など、新しい依存の対象が見つかれば、立ち直るきっかけになる。 被告の場合、子どもが新しい依存の対象にならなかったのが残念だ」。 ● ● 「自己評価の低さが、被告を依存的な性格にした」。堀被告を診察した精神科医は法廷でそう証言した。 二十歳前後の頃はアイドルの追っかけにはまり、給料を上回る金額をつぎ込んだこともあった。 パチンコで借金を作ってもやめられず、周囲にうそをついてまで通い続けた。 今後、パチンコを絶対やらない自信はあるか――。公判中、検察官から問われ、かすれるような声でこう話した。 「そう簡単に頭の中から消えない」 息子を亡くした今もなお、パチンコをやめられるか自信がないという。一方、ギャンブル依存症の人が 集まる自助グループに参加し、「自分の弱い部分をさらけ出し、見つめ直したい」と語った。 被告が救いを求めた自助グループとはどんなところか。記者は会合に足を運んだ。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/gamble/1272216953/97
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